第5話

 密林と砂漠の当主が互いいがみ合った末にマナの開発に勤しんでいる報告はアシルの本家にも届いていた。

 時の勢いで兄、弟を支持して移り住んだサピエンス、ミアキスヒューマン達が失望し憤り、領主に責務を果たすよう働きかけてほしいと嘆願、陳情に来たからだ。

「城外に竜がうようよいるのにマナの開発に明け暮れて困っている」

「灌漑設備も整備されていない、農地の耕作も出来ない」

「馬を飛ばし、ほうほうのていで逃げ出してきた」

 双方の領民を顧みない施政に、出て行った幾割はアシルに戻ってきたりもした。アシルの総本家は出戻ったサピエンスとミアキスヒューマンを咎めることなく受け入れた。あの二人を抑えられなかった、抑えられずに放逐した、初代から連綿と続く、マナを扱い管理する者としての責任を放棄した負い目があったからだ。

 総本家の長老は戻ってきた者を一堂に集め、砂漠、密林の様子を聞くことにした。つらいがそれも責務だ。あの二人がマナの悪用にたどり着く危険まで考えが及ばなかった責任がある。


「話してはくれぬか」

 長老に促され、戻り組は口々に城で見たものを話し始める。

「まずさせられたのは、城づくりです。城壁の周囲に堀を巡らせて物見の塔をいくつも建てて」

「その時は別に不自然だと思わなかったです、だってここと違って、これから開拓をしなきゃならないんですから」

「遠くにいても竜がうろついているのが分かるようにしてくれているものだと思っていたんです」

 それが間違いだと思い始めたのは城が完成して間もない頃だった。

 城外で開墾をしていた農夫が小型の走竜に襲われた。すぐにサピエンスで編成された親衛隊が駆け付けたが、農夫を助けようとせず、竜を瀕死まで追い込んだところで城内に運び込んだのだ。

「ひどい怪我だったのに、親衛隊は助けてくれなかった」

 長老は不審に思った。その場にいた彼も農夫もマナを持っていなかった?

「あなたはマナを持っていなかったのですか?」

 はい、と俯いて続ける。

「持っていたマナは城で管理すると言われ、全部取り上げられました」

 知らせを受けた農夫の妻がどうして助けてくれなかったのか問いただすと言い残して城に出向いた。彼女は帰ってこなかった。

「マナを持っていなければ城外の開拓もおちおち出来ません」

 総本家当主である長老と側仕えのルプスは顔を見合わせた。

 二人を勘当した後、「研究書が無事か確認した方がよいのでは」というルプスの助言に従って宝物庫を確認した。研究書の封が切られていたのを確認した。宝物庫に忍び込んで盗み見たことは咎めるべきだが、持ち出されなかっただけマシだと、あの二人にもまだ良心が自制心があったと善い方に解釈した。

 本当は、全く逆だったのではないか。

 夜間の灯に始まって治癒は元論、解毒、害獣避けとマナは今では身を守るための護身具だ。それを取り上げるという事は。マナの凝縮を行ったのではないか。

「変な石まで持ち込んで、もはや付いていけませぬ」あの場に居合わせたイタチのニアミアキスは思い出すのもいやだという風に毛を逆立てて身をすくませる。

「変な石?」

 サピエンスがイタチの発言を補足する。

「見た途端ミアキスたちが脅えきって。あんな光景は初めて見ました」

「それ、どんな色でした?」

「色んな色が入り混じって見えました」

 長老とルプスはその場に崩れ落ちた。

 

 虹の渦だ。


 砂漠の禁忌のマナが完成した。

 禍々しい光を帯びた虹色の輝きを纏ったそれは玉座の背面、領主の頭上に嵌め込まれた。

 ミアキスヒューマンたちは燦然と輝く禁忌のマナを恐れて領主の許に近づかなくなった。

 側仕えのルプスも、玉座の間の扉からこちら側には立ち入りたくない、と震えながら暇を乞うた。

 本家の兄はせいせいした気持ちだった。

 ミアキスヒューマンは使えない、信用できない、役に立たない。いちいちこのマナは使わない方がいいだの、この石は質があわないだのと、水を差しやがって。

 あいつらはマナの発動だけやっておればよいのだ。


 そんな時にアシルの総本家長老直々の書を携えた使者が来た。「なぜ公務を行わない」と詰問された。

「決まっている。分家の弟が攻めてくるからだ」

「何故そう言い切れるのです。確証なんてない。全て思い込みです」

 使者は続ける。

「領民からマナを取り上げたのは何故です」

「必要ないからだ」

「あなた様を慕ってついてきた者たちですよ。あなたには竜の脅威から民を守り庇護する責任がある」

「ふん、ならば弟の許へ行き、密林で生産した食糧を毎年七、いや八割寄越すよう取り付けてこい。出来たら考えてやる」



 同じ頃、密林にもアシルからの使者が来て公務を行うよう分家の弟を問いただしていた。

「何故領民の庇護を放棄した、答えよ」

使者は本家筋の者だ。愚挙を犯した分家に対して言葉使いも自然ときつくなる。

「そんなの、砂漠が攻めてくるからだ」

 純金の箱に納められた禁忌のマナを取り上げられぬよう抱えている姿は実に小心者らしい。

「確証もないのに言い切るか」

「攻めてこない保証だって同じくらい無いじゃないか」

「禁忌を行うことが領民のためか?」

「やらなければこちらがやられると言っているじゃないか、それとも何か?あの横暴な兄に唯々諾々従えと??そんなに言うなら、砂漠から武器という武器をこちらに引き渡すよう伝えるがいい!出来たら考えてやる!」


 この頃、夜明け前になると気味の悪い青緑の筋雲が見えると騒がれ始めた。

「雲のようでありながら形が変わらない、風にかき消されることがない、陽が昇ると見えなくなる」

 空に起きた得体のしれない現象を、禁忌に触れたからだとミアキスヒューマンは怯え、サピエンスも気味悪がった。その青緑の筋雲は日を追うごとに長く伸びていったからだ。



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