第4話
本家の兄、分家の弟はそれぞれ砂漠と密林に居を構えた。堅牢な城を建て、強固な外壁と堀で囲い、守備を固めるよう命じた。
お互い疑心暗鬼に駆られていたからだ。
兄は「魂を封じる秘儀を知るものは俺だけでいい。弟も本家も滅ぼしてやる」
弟は「兄が攻め込んでくる前にやらなければこちらが殺される」
そうしてお互いマナの禁忌を悪用に行きついた。
ついてきた配下の者たちは唯々諾々、山から森から平野から草原から生き物を片っ端から捕えて城に運び込んだ。
謎だった虹の渦の正体もまもなく氷解した。
砂漠、密林の集落がそれなりに都市機能を備えた頃、サピエンスだけで構成された宝石の行商人が「珍しい石を持ってきた」と言ってやってきた。貴石宝石の採掘と行商、取り扱いはマナを扱えるミアキスヒューマンが同伴しているのが普通だから、サピエンスだけというのはかなり怪しい。それに本家に出入りしていた商人はみな顔を見知っている。この商人は見覚えがない。指摘すると下卑た笑いをうかべて「先祖がちょっとやらかしましてね。本家の集落には出禁喰らってるんでさぁ」と返してきた。
「ルプスよ、どう思う」
「分かりかねます我が主様」
獣皮をなめした革袋から、赤くとろりとした質感の石がちらりと見える。あんな色味の石は記憶にない。
「どれ。見せて見ろ」
本家の兄が命じ、商人が恭しく石を取り出して見せる。
それは巻貝によく似た形状の色とりどりの輝きをまぶしたような色合い。まるで巻貝が宝石になったかのようだ。
「これだけの上物はなかなかございませんや」
目にした瞬間、商人の口上を遮ってひぃと悲鳴が響いた。
「ななななななんだその禍々しい石は!!どこでそんなものを手に入れたんだ!」
本家の兄の傍に控えているルプス系ミアキスが叫んだのだ。
「落ち着け、落ち着かぬか」
本家の兄の制止も利かず身体中の毛という毛をぶわっと逆立てルプス系ミアキスが吠えたてる。まるで気が狂ったかのようだ。
「帰れ!二度と来るな!!」
威嚇というより半ば半狂乱のルプスに追い立てられて商人が館から逃げるようにまろび出ると、ルプスは今度は本家の兄に向き直り、額まで床につけて這いつくばった。
「どうかあの者を取り立てることはおやめください我が主様」
こんなルプスの姿は初めて見る。いつもはお調子者の太鼓持ちなのだ。本家の兄は怯むと同時にいぶかしく思った。
広間を見渡せば種もさまざまのミアキスヒューマンたちがそろいもそろって身体中の毛を逆立て腰を抜かし耳を寝かせ尾を腹に付け完全におびえきった醜態を晒している。サピエンスはそのさまを困惑した表情でに見つめていて、なかなかに異様な空気が立ち込めている。
ミアキスヒューマンがそんなに恐れ怯えるとはどういうことだ。
「ルプスよ、あの石がどうしたというのだ」
「あれは生命の理を秘めたものにございます」
あまり学の無い本家の兄同様ルプスも浅学菲才なのでお互い共通の認識を得るまで少々時間を要したが、どうやらあれは石ではなく生き物が石化したものであること。それがミアキスヒューマン達を怯えさせる要因であることは兄はどうにか理解した。
「つまりあれは死骸というわけか」
確かに死骸にマナを封じるというのは聞いたことがない。同時に本家から出禁を喰らった理由がこのミアキスヒューマン達の反応だとしたら、あの不思議な石は本家にはないという事になる。
一方、商人は密林の分家の弟にも虹の渦を売りつけに向かい、同じように分家の弟の相棒であり傍に仕えるルプスに追い出されていた。
「あれが虹の渦の正体か」
良くも悪くもマナのことになると興味津々の分家の弟を従者のルプスが諫める。
「おやめください御主人様、あれは死んだものが土へと還ることなく残ったものにございます」
「そんな現象があるのか」
「はい、あのように輝くものは私も初めて目にしましたが」
「世界は広いな」
分家の弟はしばし感心した後、シャイヤー湾を挟んだ砂漠にいる本家の兄のことを考えた。あの兄なら虹の渦をどうするか。
「ルプスよ」
「何でしょう御主人様」
「落ち着いて聞いてくれよ?あの虹の渦、本家の兄はどう扱うと思う?」
ルプスは体毛を総毛立てながらも答えた。
「無用の長物です。手に入れたところでミアキスヒューマンは誰も触りたがらないでしょうから」
「なるほど」
しかし兄は粗暴で狡猾な男だ。自分を追い出した本家を出し抜けるとなったらどんな手段を講じてでも虹の渦を手に入れるだろう。マナを封じる実験だって嫌がるミアキスヒューマンを拷問にかけて無理やり行わせることも辞さない男だ。
「ルプスよ、少し出かけてくる」
「どちらに?」
「俺は主だぞ?主に意見する気か?馬を引け」
そういわれては仕方ない。ルプスは分家の弟を心配そうに見送った。
ルプスの不安は的中した。分家の弟は、さきほど城から追い出された商人を追いかけ虹の渦を贖ったのだ。
「ご主人様!なんという!」
分家の弟はルプスの憤慨も意に介していない。
「なにも使おうというのではない、俺が虹の渦を占有すれば本家の兄も手出しは出来ないと考えたのだ」
小心者だがマナの研究には熱心な分家の弟にはもう一つ目論見があった。虹の渦を見ても恐れない、できれば年端のいかない子供のミアキスヒューマンを探して連れてくるよう宝石商人に依頼していた。
虹の渦にマナを封じるとどんな現象が起きるのか。研究書にも書かれていない。つまり誰も試していないわけだ。
分家の弟は口止め料も兼ねて法外な価格で虹の渦を贖ったが、商人もこの石が法外な価格で取引されるとなったら砂漠に再度出向かないわけがない。今度はサピエンスに言伝を頼み、ミアキスヒューマンのいない郊外を待ち合わせ場所に指定して再交渉した。
「密林の城ではこのくらいの価格で召し上げましたがねぇ」
分家の弟が提示した三倍の法外な額面をふっかけ、巻き上げることに成功した。
遊ぶ金が無くなったらまた鉱脈で虹の渦を採掘すればいい。虹の渦様様だ。
本家の兄は盲目のミアキスヒューマンに従事させることで虹の渦にマナを封じる実験を行った。
「領主様大丈夫なんですか?嫌な感覚がしますぜこの石」
盲目のアライグマは耳を寝かせて念を押す。
「いやな感覚?」
「なんっていやぁいいんですか、こう意識が引きずり込まれてしまいそうな。普通の石じゃこんな感じはしませんや」
確かに渦というものは巻き込んだものを飲み込んで返さない。ミアキスヒューマンにはそれを異様な恐怖として肌で感じるのかもしれないな。
「気のせいだ、仕事に取り掛かれ」
皮肉なことに分家の弟もその結論にたどり着いた。条件を満たす従順なミアキスヒューマンが見つからなかったからだ。だから彼は、初代から連綿と続く相棒であり従者である狼ミアキスヒューマンの目を斬った。
「すまないな、ルプスよ。だが、お前なら分かってくれるよな?あの兄を出し抜くにはお前の協力が必要なんだよ」
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