第3話

 生き物もマナを持っている、と立証されてから二世代ほど経過した頃。


 集落も一族郎党の母屋を中心としたものから、近隣の集落が合併したり、集落の運営を住人の合議で行われるようになっていた。集落間の移動も徒歩から四脚獣つまり馬を使うようになった。

 この頃、ハフリンガー亜大陸には、大陸から移動してきた大型羽毛竜が、集落を囲んで広がる豊かな実り、つまり農作物や家畜を求めて、生息地を拡げ、翼竜が越冬するようになった。

 初代サピエンスと狼ハーフの子孫たちの住む集落も竜の群れに集落を襲われ流れ着いた集団を取り込み大きな邑になり、集団が大きくなれば馬の合う合わないで仲たがいする者もでてくる。サピエンス本家の兄と分家の弟がまさにそういう関係だった。

 ある時何か祝い事があって宴が開かれた。この時期 生乾きの漆喰に彩色を施す技法が発明され、壁を鮮やかな絵で飾るのが最先端の流行でもあった。そこで手先が器用なサピエンスに祝い事に相応しい絵を仕上げるよう任せたのだが、この男は本家の兄を嫌っていた。壁画にこっそり本家の象徴である蛇を分家の象徴の獅子が踏みつけているようにみえなくもない構図を含ませた。要するに当てこすりである。

 当然宴席は殺伐とした雰囲気で早々にお開きとなり、これが決定打となって集落全体が本家の兄派、分家の弟派に分かれていがみ合うようになった。

 そんなわけでサピエンスの当代長老は狼ハーフの末裔と相談し、本家の兄と分家の弟に新しい土地で暮らすように命じた。ようは喧嘩両成敗だ。

 本家の兄も分家の弟も「お前のせいだ」とお互いを憤ったが長老の命は絶対だ。ならばこちらにも考えがあると我先にと長老の許にはせ参じ

「ならば、せめて一族に連なる者の証として先祖代々の秘宝をいただきとうございます」と申し出た。

 長老が首を振ることはなかった。二代前の当主があれは門外不出。世に出してはいけないものだ。と遺言を残していたからだ。

 一族の本家も分家も正当な後継であるという証が欲しい。夜間、宝物蔵に忍び込んだ。

 宝物蔵と言っても純金で出来た置物なんてものはないのだ。あるのは初代から先代までが書き残したマナの研究書。それが周囲の集落がこの集落に畏敬の念を持って忠誠を誓い、透明度が高く質の良い水晶をはじめ、血のように赤いルビー、深い海の色を思わせる青いサファイヤ、若葉色に輝くエメラルド、瑠璃、翡翠、珊瑚、ダイヤモンドなど貴重な石を持ち寄る証でもある。

 まず宝物蔵に忍び込んだのは本家の兄と従者のルプス系ミアキスだった。

「本当なら俺様が継ぐべきなのだ」

「左様でございますとも我が主様」

「それが分家の甘言に乗せられてあのクソ爺」

「左様でございますとも我が主様」

 早速封泥を壊し、初代からの書簡を盗み読んだ。ほとんどが初代の手記で占められている。


 曰く。清浄な泉にてマナを囲うべし。


 つまり、マナの採れる泉や渓流を大切にしろ。ということだ。サピエンスでもマナを使い持ち運べる方法があること。属性の異なるマナを組み合わせると、更なる効果が生まれること。マナの属性と封じる石には相性があること。属性と相性で相乗も相殺もできること。

「なんだ、知っている事ばかりじゃないか」

 何が門外不出だ。悪態をつきながら書簡を繰っていた本家の指が止まった。

 初代の孫、三代目が記した項だ。


 曰く。虹色の渦にマナを封じるなかれ。


「虹色の渦とはなんだ?」

「分かりかねます我が主様」

 最後の項は二代前の当主の手記。


 曰く。死すものより出ずる物は禁忌なり。


「死すものより出ずるもの?」

「分かりかねます我が主様」

「なんの判じ物だ?ふざけやがって」

 分からないものを分からないままにするのも業腹だ。粗暴で狡賢い兄は奸計を思いついた。分家の弟は小心者だがマナの研究は人一倍熱心だ。

「ならば分家に謎を解かせよう」

「流石妙案です我が主様」

 壊した封泥を一見そうには見えないように置きなおし、分家が来るのを待った。

 しばらくして分家の弟と従者のやはりルプス系ミアキスがやってきて、封泥が割れていることに気付いた。

「兄がここに来たんだ、書簡を奪われたもう駄目だ」

「落ち着きなさいよ御主人、中身が無くなってるなら本家の兄を吊るし上げる大義名分が成り立ちます」

「そ、それもそうだな」

 そうして分家も書簡に目を通し、同じようになんだ既知の知識ばかりではないかと愚痴をこぼし、やはり虹の渦と死すものより出ずるもので首を傾げた。

「虹とは天空にかかるあの虹ですかね?」

「あれは朝方か夕暮れに陽を背にして雨雲を臨むときに起きる半円現象だ、渦を巻いたりしない」

「じゃあ違うか、でもご主人様、この死すものより出ずるものは分かりますよ」

「知っているのか?」

「多分、魂っていうやつです。俺たちには見えるけどご主人様がたサピエンスには見えない点も同じだし」

「もし魂がイコール、マナだとしたら、ああこれは仮定だとして聞いておくれよ?マナ自体が大地の魂が漏れ出たもので、大地から草木、草木から動物、とマナは移動して、最後に動物が死ぬときにマナが解放されるんじゃないかと思うんだ」

「話が壮大過ぎてついていけませんよ御主人様」

「簡単に説明したつもりだったんだが難し過ぎたか、とにかく同じマナなのに禁忌だとわざわざ指定するのにはなにか理由があるはずだよ」

「何か残ってないか探してみよう」

 分家の弟と従者は早速宝物蔵を捜索し始め、本家の兄と従者が隠れているのに気付いた。

「わああああああぁぁ」

 分家の弟は思い切り後ずさり、背後の書棚にぶつかった。ガチャリと素焼きの壺やなんかが割れて床に飛び散り、破片と共に誰かが隠してそのまま忘れられてしまったたのか日干し煉瓦の塊が転がり出てきた。塊は少し欠けてヒビが生じている。日干し煉瓦は脆い。衝撃で簡単に砕けたり亀裂が入る、それ自体は普通によくある現象だ。ありえないのはそのヒビが、内側から光を放っているように見えることだ。鈍い、ほんの微かに虹色を帯びた光。こんなのは初めて見る。

「?」

「?」

「?」

「?」

 割ってみると中に入っていた水晶が水と一緒に床に転がり出た。

「ちっ、脅かしやがって」

「驚きましたね我が主様」

「なんだ、マナを封じた水晶か」

「大丈夫でしたか御主人様」

 四者四様に水晶を見つめ、中に封じられたマナが普通ではない事に気付いた時、全員が後ずさり尻込みし腰を抜かし悲鳴を上げた。


 中に封じられたマナは鳥の雛のような姿で、生きているかのように水晶の中で蠢いていた。

 その場にいる全員は知る由もなかったが、それは二代前当主たちの実験の産物だった。



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