ep2 思いがけない再会―Part.4
寝ていた澪那さんを起こさず、大学に行ってしまったのは間違いだった。起きた澪那さんは電話で言っていた通り自分の家に帰ることなく、部屋に置いてあった漫画を勝手に読んでいた。部屋に戻って、ベッドの上に漫画が散乱していたので間違いない。
響輝から聞けば、トイレから出て来た守屋先輩と澪那さんが出くわしたらしい。そして何故か分からないけど飲み会が始まったと言う。澪那さんに限って、そんなことあるかと思わざる負えないが、事実昨日の彼女は泥酔してしまうくらいにはお酒を飲んでいた。
お酒に強い守屋先輩とタメを張って飲み続けていた澪那さんだったが、突然ソファに倒れて潰れてしまったらしい。呂律の回らない澪那さんとは対照的に酔いが回ると永遠に喋って動き続ける守屋先輩が、飲み会の後半は一人でずっと騒いでいた。
翌朝、案の定守屋先輩は起きれなかった。二日酔いの気持ち悪さで朝食を食べるどころではない守屋先輩に響輝も無理に起こすようなことはしなかった。講義も幸い、午後からと言うこともあり、時間になるまでは放っておくみたいだ。
「あいつと付き合うのは程々にな。あれでも『
「そこまで仲が良いわけじゃないよ。遊ばれてるみたいな………?」
「それなら、付き合うのは止めた方がいい。面と向かってあいつと話すのは初めてだったが、俺と目を合わせようとしなかった。言葉遣いも悪いし、性格も悪いぞ」
「まぁうん、否定はしないでおくけど、守屋先輩とは話が弾んでたんじゃなかったの?」
「酒のせいだろ。今までは無視され続けていたんだからな」
そうなると、ますます謎が深まる。
今まで無視し続けてきた人達と一緒にお酒を飲むなんて。
「二人は何話してた?」
「先輩が一方的に話しばかりだったな。気になるのか?」
「それは気になるでしょ。あり得ない組み合わせじゃん」
「確かにそうだな」
守屋先輩が一方的に話していたとあるように、飲み会を始めた二人の会話に澪那さんのプライベートを明かすようなものはなかった。この機に乗じて、澪那さんのプライベートを知ろうとしたわけじゃ決してない。ただ、どんなことを話していたのかが気になっただけだ。
三年間もの間、守屋先輩は大学を留年している。よっぽど親が留年に寛容でお金持ちでない限り、自立した収入源が必要不可欠になる。そして守屋先輩にはそれがある。留年していた三年間、守屋先輩は『コンサートプロモーター』に心血を注いでいた。
特に音楽系のイベントの主催や運営、プロモーションを行っていた。自分で立ち上げた会社もあって、留年した三年間でかなり稼いだそうだ。
響輝曰く、初対面の人ととの飲み会で守屋先輩は必ず『コンサートプロモーター』時代の面白話を披露する。アイドルだった澪那さんだから、音楽系イベントの主催を主にしていた守屋先輩とでは、そういった話が弾んだのだろう。
朝食を食べ終えて、食器をキッチンへ運ぶ。
「れい……」
そこまで言って口を噤む。
「響輝はリレイの本名って聞いた?」
「うん?あぁ、成瀬澪那だったか。酔う前は教えてくれなかったが、酔った後に訊いたら教えてくれた。先輩は一貫してリレイと呼んでたが」
「響輝が自分から訊いたの?」
「名前も知らない相手と話すのは勝手が悪いからな」
響輝が知っているのなら、リレイの本名を口にしないよう気を付ける意味は無いな。
「ちょっと、澪那さんのところに行ってくる」
「澪那?名前呼びか?」
「『友達』は名前呼びするものだって、澪那さんが」
「湊おまえ、遊ばれてるだろ」
「やっぱそう思うよね………行ってくる」
そうであったとしても、心配に思うのは友達として変なことではないだろう。
家を出て、澪那さんの家の前へ。
鍵は開いている。昨夜の澪那さんを連れ帰ったのは僕で、家を出る時に鍵を探したが見つからなかった。閉めようがないので、起きた澪那さんが鍵を閉めていなければ今も開きっぱなしのままだ。
扉をノックしてみるけど、中から反応は返って来ない。試しにドアノブを引いてみると扉は開いた。無断で入るのはどうかとも思い、入るのを一瞬躊躇う。しかし、飲料水と守屋先輩が愛用している二日酔いに効く薬を持った手に目を落とし、これだけでも置いて帰ることにした。
澪那さんの家に上がるのは三度目で、まだ三度目のはずなのに随分と見慣れてしまった。暗い廊下を進んでリビングに出る。カーテンを閉め切っているため、廊下と同様にリビングも暗い。
起きているような雰囲気は感じられないのでリビングの照明は付けず、ソファの方へ向かうが澪那さんの姿はなかった。ソファとテーブルの間の床に澪那さんは転がっていた。
「落ちたのか………」
怪我してないか心配ではあるものの、澪那さんは瞼を閉じている。まだ眠っているみたいだけど、このまま床で眠らせておくわけにもいかない。下から澪那さんの背中と膝裏に腕を入れ、抱え上げる。
目の前のソファに移すだけなので一瞬だった。しかし、その一瞬で澪那さんが目を覚ました。薄暗いリビングで起きた澪那さんと目が合う。
「僕です。だから、暴れないでください」
抱え方で言えばお姫様抱っこと言えばいいのか。朝目覚めたら、男にお姫様抱っこされているという状況は普通に考えてあり得ない。それが知り合いで、友達であっても。
至って冷静に暴れないよう促すと目を覚ました澪那さんは小さく欠伸をする。
「早く下ろしてよ」
「ぁっ、ごめんなさい。今下ろします」
苦しそうに欠伸をした澪那さんをソファの上へゆっくり下ろす。ソファの肘掛部分に頭を乗せ、額に手の甲を当てる澪那さんは言わずもがな二日酔いで気持ち悪いのだろう。
「水……欲しい」
「持ってきましたよ。あと薬も一緒に飲んでください」
「………気が利くじゃん」
取り出した薬を澪那さんの手の平に乗せる。水と一緒に飲み込んで、起こした上体を再び横に戻す。
「食べに行くの、明日にしません?」
依然として額に手を当てる澪那さんは顔の半分が隠れていて表情が読み取れない。目元も隠れているので寝てしまったのかどうかの判断もつかない。
長い間を空けてから、澪那さんが言葉を返した。
「うん。今日は、動きたくない」
「何かあったら連絡してください」
「今日暇だったたの?」
「大学がありますけど、連絡くらいな取れますから」
床に落ちていた毛布をはたいてから、澪那さんに掛けると身体を横向きに逸らした。寝るようなのでリビングを出る。
元気そうではなかったが、守屋先輩と同様に二日酔いで苦しんでいるだけみたいだ。お酒はあまり好きじゃないし、二日酔いになるほど飲んだこともないので、その苦しさを僕は知らない。
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