ep1 出会いは時に突然で―Part.5

 大学の講義は何十、何百人規模で行われるのがほとんどで、高校のような人数規模で行われる講義があることに驚いた。それも一年を通した必修科目であり、週に二回講義がある。


 大学という多くの人で溢れる場において、一番顔を合わせることになる人達だろう。一緒に住む響輝や守屋先輩は除いてだが。


 新入生オリエンテーションの時に配られた、学籍番号によって振り分けがされた少人数クラスのプリントを手に、大学校内を闊歩する。クラス分けのプリントと同様に貰った校内マップを眺めながら、指定された教室へと向かう。


 自分が方向音痴だとは思わないけど、本当に合っているかどうか心配になる。しかし、到着した建物の入り口前に『新入生少人数クラス』と書かれた紙が貼られてあり、大学側の配慮が感じられた。おまけに続々とプリントを手に持った人達が建物内へ入って行く。


 一人のものから二人、三人組のように友達と一緒の人。まだ大学には数回しか来ていないはずだが、ああいう風に友達のいる人達は心強いんじゃないかと思う。初めてのこと、見知らぬ場所で一人というのは思っていた以上に心細いものだ。だからと言って、自分から積極的に話し掛けて友達を作りに行くのは少しハードルが高い。


 階段を上がって五階へ。

 まっすぐと伸びる廊下にはゴミ一つ無く、左右対称になって教室がある。手元の紙に目を落とし、自分のクラス番号を確認してから歩みを再開させた。


 そんな時だった。


「あの」


 背後から声を掛けられた。

 振り向けば、茶髪の男が視界に映る。声を掛けて来たのはこの人だろう。


 センター分けにセットされた茶髪、全身オーバーサイズ気味の服装は斜めに掛けるバックとマッチしていて違和感がない。お洒落度で言えば自分は足元にも及ばないだろう。


「どうしました?」

「クラスの紙を忘れてしまって。少し見せてくれませんか?」


 バチバチに決まった印象を受ける男と自分とでは住む世界が少し違うものだと勝手に思っていた。だから、返ってきた低頭平身な言葉から、自信の無さげな新たな印象を受け、そのギャップに内心戸惑ってしまった。


「………あぁ紙、紙ね。いいよ」


 変に間を空けてしまい、取り繕うように言葉を紡いだ結果、タメ口になった。と言っても同学年ではあるので問題はなく、浪人している自分の方が年上の可能性は高い。


 男は受け取った紙を食い入るように見つめ、学籍番号を上から下へ指でなぞる。見つけたのか、安心したような表情を浮かべると紙を返して来た。


「ありがとう」

「いいよ、全然」

「……お、おれ、入江和哉いりえかずや。よろしく」

「こっちこそ、よろしく。僕は美海湊」

「みなみみなと……?」

「ちょっと言いにくいよね」


 苗字の終わりと名前の始まりで「み」が並ぶため、フルネームで口にすると変な感じになる。


「湊って呼んでも?おれのこと和哉って呼んでいいから」


 謎に交換条件みたいな感じで訊いてくる。

 断る意味も理由もないので頷いて答えた。


「いいよ、和哉」

「お、おう。あっそれとクラスどこ?一緒だったりして」

「Eの109だったかな………」


 ちょっと自信がなかったので手元の紙に目を落とし、E109のクラスに振り分けられた自分の学籍番号を確認する。ほんの数秒下げた目を和哉に向け直すと、驚きと嬉しさの混ざったような顔をしていた。


「マジっ!?一緒じゃん!」

「和哉も109?」

「うん。何か嬉しいわぁ」


 和哉に犬のような尻尾があったら、ブンブンと振っていそうだなと思う。

 

 教室までの道中で和哉とラインを交換することになった。和哉のラインアイコンが衣装姿のリレイで虚を突かれたが、ちょうど教室に到着してしまったので聞けなかった。


 自由席だと言うので和哉とは隣合って座り、ラインのアイコンについて問う。


「和哉って『KanaRia』が好きなの?」


 ビクッと肩を震わせた和哉は、これまた喜々とした表情浮かべ、顔を近づけて来た。


「湊も好きなのか!?」

「いや、名前を知ってるくらいかな」

「何だ。好きなのかと思ったよ」

「アイドルにはあんまり興味なくて。でもあの、ラインのアイコンだったリレイは知ってるよ」

「『KanaRia』のリレイはおれの推しだから。カッコ良さと可愛さを兼ね備えててマジ最強。歌ってる姿とか本当にヤバい。もちろん、ファンクラブの会員なんだけどさ、そこの抽選で一回だけチケットが当たって、ライブを生で見たんだけ、もう気絶するくらい可愛かった」


 熱く語る和哉がふと我に返る。

 湯気が出て来そうな勢いで顔を赤くし、机に突っ伏してしまった。


「おれの悪い癖だぁ……」


 嬉しそうに語っていた時とは打って変わって気落ちする和哉は、少しと言うか大分面白い。ただ突っ伏したままでいられると訊きたいことも聞けなくなる。


「そんなことないよ。僕もリレイは可愛いと思うよ………?」


 そんなことを口にして思い出す。

 昨日、リレイ本人にストーカー呼ばわりされたことを。見掛ける度にタバコを吸ってるし、口だって悪い。でもまぁ、外見に関しては「可愛い」と言わざる負えないけど。


「だよなっ!他のメンバーも可愛いとは思うけど、やっぱりリレイなんだよな」

「でもさ、今は活動休止してるよね」

「……大丈夫。リレイは絶対に戻ってくるって、おれは信じてるから」


 力強く言い放つ和哉のその自信は一体……?


「体調不良って話だし、体調が良くなれば復帰もあるか……」


 アイドルの体調不良と言えば誹謗中傷が真っ先に思い付く。『KanaRia』の人気はとてつもないもので、輝かしく見える反面、多くの誹謗中傷を受けてもいただろう。実際にネットで『KanaRia』と検索すれば、誹謗中傷なんて簡単に探し出せてしまう。


 あとは文字通り、本当に体調が悪いのか。でも、それに関しては違うとしか思えない。タバコ吸ってるし、出歩いてもいたし。引っ越してきただけの人間をストーカー呼ばわりするし。


 ただ、彼女にしか分からない悩みとか不安のようなものはあるのだろう。


 自分とはまるで違う、別の世界で生きる彼女のことを理解するのは、きっと自分には難しい。それはファンである和哉であっても無理だろう。


「あっそうだ。リレイの通ってた大学知ってるか?知らないよな?」

「どこなの?」

「ここ。国大なんだよ。驚いた?」

「ほんとに?」

「これはマジ。人気が出て、今は休学中らしいんだけどさ。リレイと同じ大学に通ってるって思うと、それだけで嬉しい」

「もしかして、和哉の国大志望理由ってそれなわけ」

「そうだけど?」


 あっけらかんと答える和哉に対して、僕は乾いた笑みを浮かべてしまう。


 国大は難関私立大学に区分されている。推しているアイドルと同じ大学に行きたいからという薄っぺらい理由で合格出来てしまうような大学では決してない。そんな和哉も、三年留年する守屋先輩も、大家をする響輝も、国大に合格しているからには人並み以上に勉強が出来る人達なのだ。


 そして三人ともストレートで合格している。

 一年浪人した自分は、彼らより劣っている。


 そんなことを思ってしまい、かぶりを振って考えるのをやめる。


「リレイは国大の学生だったのか………」


 誤魔化すように繰り返して、気付かれないようにため息を吐いた。


「それにリレイが国大に復学したんじゃないかって噂もあるんだよね。本当かどうかは分からないけど、もし本当なら会える可能性があるってわけじゃん。マジでここに来て良かったよ」

「復学ね………」


 和哉のおかげで、いろいろと情報を得ることが出来た。調べるつもりなんて無かったが、たまたま仲良くなった和哉が『KanaRia』のファンで訊いてしまった。


 きっと、リレイと話したことがあるなんて言ったら和哉は驚くだろう。一緒に住んでると言うと語弊があるし、少し違う感じもするが、同じ敷地内で暮らしていると言えば間違いではないか。


 ただ、言ったりはしない。

 昨日のようなことは起こしたくないし。


 どこで聞きつけたのか分からないけど、あの時、リレイと一緒にいるところを撮られたかもしれない。自分なりに事務所の関係者っぽく振舞ったものの、ネットとかに出回ったら最悪だ。


「アイドルって大変だな………」

「大変?アイドルが?」

「いや、何でもない」


 思わず口に出てしまったが、アイドルが体調不良になる理由が分かったような気がした。

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