C 05

機関車は速度を上げている。



「窓、あけてもいい?」


そう言うと遥は私の返事も聞かず立ち上がった。

座っている席の窓を開けるのかと思いきや、片っ端からどんどん窓を開けていった。




開いた窓からはごうごうと風が入ってくる。


遥のショートヘアが思い切りなびく。

窓のから見える景色は、さっきより建物が低くなってきていて、窓を開けるとなおさら開放感がある。




まるまる一両、全ての窓を開けきると遥は通路の真ん中に立ち、満足そうに言った。

「一回やってみたかったんだよね。普通の電車だとできないじゃんか?」


「たしかに。そうだね」

風の音に負けないように声を張り上げた。


騒音と強風。

いつもなら不快に感じるはずだが、今日は不思議と清々しい。


髪の毛が私達の顔の周りを暴れ回った。

何かが吹っ切れたような表情で立っている遥が、いつになく魅力的に見えた。



遥ってすごいなぁ。

ずっとやってみたいと思っていた事を、こんなにもサクッとやれるものなのか。




「気が済んだ。閉めるね。」


そう言うと、また片っ端から閉め始めた。


やってみたいと思ったらそれを公言して行動に移す。

気が済んだら、それもまた言葉にする。


遥はどこまでも自分に正直だ。

行動力もすごいが、考えをそのまま言葉にするということも、私にはできない。

それがマイナスに作用する事もあるだろう。

でも今の私にとっては、少し羨ましい。



私も立ち上がって、近くの窓を閉めていく。

機関車は川沿いを走っていた。

窓の外を向いたまま、何気なく遥に話しかけてみる。



「今まで機関車って乗ったことあったの?」


「無い。結妃は?」


「私もこれが初めて」



だんだん気まずさが薄れてきた。

他愛のない会話ができるようになっている。


車掌さんは帽子を左手で押さえながら、窓の外の風景を眺めていた。

窓が開いていることも、絶え間なく風が吹き込んでくることも気にしていないようだ。

窓が閉まっていたときと同じ態度でドアの前に立っている。


私は窓を閉めながら、車掌さんにも話しかけてみた。


「車掌さんはいつ頃からこれに乗ってるんですか?」


「私も今日が初めてですよ」


「え?」

窓を閉める手が止まる。


「もちろん、他の電車や機関車なら乗ったことがありますけど」




少し分かったような気がする。


車掌さんがこの機関車について具体的なことを教えてくれない理由。

それは、隠しているのでも、言う必要が無いと思っているのでもない。

車掌さん自身もよく知らないのだ。



そう考えると、また単純な疑問が生まれる。

この人は誰なのか。

本当は車掌ではないのかもしれないし、鉄道関係者でもないのかもしれない。

現実に存在しているのかすら怪しく思えてくる。


でも、やっぱり追求していいのか分からなかった。




車内には静けさが戻り、がたん、ごとん、という音だけが足下から響いてくる。

機関車は加速をやめ、一定のスピードを保ち始めたようだ。



私が最初に乗ったときよりもずっと速いような気がした。

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