第6話 藍葉さんはここまでいける 2

『手を繋ぐ✔︎

 ハグ✔︎

 体をさする✔︎

 間接キス✔︎

 頬を撫でる

 キス(口以外)

 キス(軽めのやつ)

 キス(しっかりしたやつ)

 ×その先』


「まさかこんなに順調にいくとは……」

家に帰って、間接キスにチェックマークをいれてから、ため息をついた。ハグくらいで実験は終わると思っていたから、ここまで進んでしまってわたしの方も困ってしまう。


「でも、こっからが大変そうだなぁ……」

藍葉さんの柔らかそうな頬を思い出して、ドキッとする。これまでの作業は顔は見なくてもできたけれど、頬を撫でるのは顔を見ながらじゃないと不自然になってしまう。真正面から藍葉さんのほんのりぼんやりとした幼ない可愛らしい顔を見ながら頬を撫でるなんて、できるのだろうか。


「さすがに藍葉さんもそろそろ拒んでくれるよね……?」

ここまでまったく拒む気配がないし、むしろわたしが頬を触るよりも先に、ご飯粒を取るために口元を触ってこられたわけだし、わたしよりも藍葉さんの方が小慣れている感すらある。


まあ、藍葉さんはわたしに対して特別な感情を抱いていないからそんな大胆なことができるだけなのだろうけれど。友達にするのと、好きな子にするのとでは、緊張感も全然違うと思うし。いずれにしても、わたしは高難易度の頬を撫でるという行為にチャレンジするのだった。


「……とはいえ、これは自然にするのは難しそう」

海音みたいに距離感の近い子ならともかく、藍葉さんの頬を無意味に撫でると、なんだか変な感じになりそう。


わたしは学校の休み時間、自分の席で作戦を練った。スマホを触って、好きな子の頬を撫でる方法を検索してみる。


『頬 自然に撫でる 方法 好きな子 藍葉さん』

なんだこの検索内容は。あまりにも答えを見つける気がなさすぎて、一人苦笑いをしながら消去しようとしたところに、藍葉さんに声をかけられた。


「何してるの?」

「わっっ!?」と大きく驚いて、スマホを落としてしまう。スマホが裏面を向いて床に落ちたから、なんとか検索画面は見られずにすんだ。画面が割れてしまっていないかの心配よりも、画面の内容を藍葉さんに見られたら非常に困るという感情の方が大きい。


「そんなに驚いてどうしたの?」

藍葉さんが尋ねながらわたしのスマホを拾おうとしてくれるから、慌てて止める。

「い、良いから! 触らなくて良いから!」


藍葉さんがしゃがんだまま手を止めて、不思議そうにわたしの方を見上げてときに、床に落ちたスマホを取ろうとしていたわたしの手が藍葉さんの顔に近づいた。かなり強引だけれど、チャンスかもしれない。


わたしは手を震わせながら、藍葉さんの頬を触った。温かくて、柔らかい少しモチッとした藍葉さんの頬。藍葉さんは、特に表情を変えずに、ジッとわたしのことを見上げている。首を傾げることもなく、ただわたしの瞳をジッと見つめている。


ドン引きしているのか、それともまったく興味もないのかわからないけれど、動揺もせずに、いつも通りの無表情。わたしはソッと藍葉さんの丸っこい頬の形に沿って、ゆっくりと指先を這わせた。丁寧になぞって、顎のところまで来たあたりで指を離すと、藍葉さんが尋ねてくる。


「今のは?」

「えっと……」

意味を探そうにも、良い理由が見つからなかった。


「わたしのほっぺた、スマホじゃないよ?」

「し、知ってるけど……」

「わたしも頬っぺた撫でたら、わかるのかな」


藍葉さんは、あろうことか立ち上がって、わたしの方にグッと顔を近づけてくる。好奇心旺盛な大きな瞳がわたしの顔を覗き込んで、頬を触った理由を探ろうとしているけれど、わたしの顔を見たって答えなんて出てこないと思う。そんなことを思っていると、今度は藍葉さんが手のひらをわたしの頬にくっつけてきた。


「え……」

言葉に詰まっているわたしのことは気にせず、藍葉さんは一人で考えていた。

「なんだろ、あったかいから触ったのかな。でも、今まだ暑いし、あったかくする必要もないし」


藍葉さんなりに答えを探ろうとしているけれど、アプローチの方法的にまったく答えには辿り着けなさそう。顔を近づけながら、頬を触られている状態に緊張して、耐えられなくなって、わたしは思わず藍葉さんから顔を背けた。わたしが顔を動かすと、藍葉さんの手も離れてしまった。


「近頃の梅川さん、やっぱりよくわからない」

藍葉さんが首を傾げていた。

「不快だったりする?」

「ううん、よくわからなくて楽しい」


楽しませているつもりはないけれど、楽しんでくれてるのなら良いのだろうか。とりあえず、頬を触っても不快ではないということは、また一つチェックが増える。そして、ついに。


「キスか……」

わたしは藍葉さんに聞こえないように、ほとんど音が出ていないような小さな声で呟いた。


「何か言った?」

「ううん、何にも!」

わたしは髪の毛を振り乱しながら首を横に振って全力の否定をする。

「それなら良いけど」

納得した藍葉さんは席に戻って行ったのだった。


『手を繋ぐ✔︎

 ハグ✔︎

 体をさする✔︎

 間接キス✔︎

 頬を撫でる✔︎

 キス(口以外)

 キス(軽めのやつ)

 キス(しっかりしたやつ)

 ×その先』

いつも通り、家の自室で一人になって、ジッとここまでの結果を見つめて、ため息をついた。


「これ、続きもやった方がいいのかな……」

まさかここまでチェックが入り続けるとは思わなかったから、本当に藍葉さんとキスをする実感が湧かなかった。さすがにキスはやり過ぎな気もして、気後れしてしまう。藍葉さんのファーストキスをわたしが奪ってしまうことになるのかもしれないし……。


「で、でもこれは実験だから……」

大きく息を吸って覚悟を決める。勝手に実験して悪いけれど、わたしだって真剣に恋を成就させないといけないし、その為にはきちんと藍葉さんの限界を見定めなければならない。


決行の日になると、学校の授業中にも先生の言葉なんてまったく耳に入ってこなかった。授業中に当てられてもひたすら「わかりません」を繰り返し、挙句ノートに『藍葉さんとキスする方法について』なんて書いてしまっていた。そんな風に明らかに普段と違う緊張感を持ちながら、授業時間を過ごした。


「藍葉さん、ちょっと寄ってもらいたいところがあるんだけど……」

わたしはあろうことか、帰り道で藍葉さんをキスのために誘い出してしまった。

「いいよ、どこ行くの?」

藍葉さんはいつもの感情の籠らない声で尋ねてくる。


「ちょっと、公園にでも行きたいなって思って」

「いいよ」ともう一度頷いてくれた。公園に行くことは納得してくれているけれど、まさか目的がキスなんて思ってもないだろうし、やっぱりちょっと罪悪感を持ってしまうかも……。少し重たい足取りを進めていった。


公園についてから、2人でベンチに座る。そして、どうやってキスをしようかと考える。突然キスしたいなんて言い出したら嫌われてしまうだろうし。


「あ、藍葉さん……。あっちに可愛い鳥がいるよ」

「どこ?」

鳥が好きな藍葉さんが普段よりもほんの少しだけテンションを上げて答えてから、わたしの指さす方向を見る。


「ねえ、どこ?」

珍しく藍葉さんが食いついている。こっちを見てない隙にわたしは恐る恐る藍葉さんに顔を近づけた。そして、こめかみのあたりに口付けをしようとした直前で藍葉さんがこちらに顔を向ける。


「ねえ、いないけど?」

くるっとこちらを向いた瞬間に、わたしの歯が藍葉さんの頭に当たる。

「痛た……」

「何が起きたかわからないけど、大丈夫?」


唇も一応ちょっとだけ触れたけれど、キスというよりも歯が頭に当たって痛い思いをしただけな気がする……。でも、これもカウントさせてもらおう。あまり実感のない形にはなったけれど、これで一応口以外の場所へのキスもクリアしてしまった。


『手を繋ぐ✔︎

 ハグ✔︎

 体をさする✔︎

 間接キス✔︎

 頬を撫でる✔︎

 キス(口以外)✔︎

 キス(軽めのやつ)

 キス(しっかりしたやつ)

 ×その先』

家に帰ってから自室で一人になって、いつものように机においたノートを見てわたしは頭を抱えた。


「ねえ、なんで藍葉さん拒んでくれてないの!?」

藍葉さんに拒まれていないのはもちろん嬉しいことではあるのだけれど、これでついに唇へのキスまで辿り着いてしまった。


「ねえ、どうすんの! わたし藍葉さんにキスするの!?」

わたしが緊張しながらキスをしても、藍葉さんなら無表情でキスを受け入れて、終わった後に首を傾げて「何したの?」なんて言ってきそうだ。


あの子、女性同士の恋愛に興味無いとは言っていたけれど、彼氏もいらないって言ってたし恋愛自体に興味ないのではないだろうか。ていうか、自分の興味のあるもの以外何も興味なさそう。鳥以外何も興味が無いのでは無いろうか。


「まあ、それならサッとやって終わらせたらいっか……」

藍葉さんとキスがしたいのか、したくないのか、一体どちらかわからないような考え方になってしまっている……。


次の日、わたしはドキドキしながら学校に行ったのだった。授業中や休み時間には周囲に人がいるから、当然仕掛けることができなかった。結局、話は放課後2人になってから。


放課後、わたしは藍葉さんのことを空き教室に呼び出した。

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