第10話

今日はおさだが知り合いの死霊が仕事に出れなくなってそのヘルプをすると言う。

どんなところで働くの?と尋ねたら異界のカラオケ居酒屋だと伝えて来た。


へぇ~おさだが普段いる世界でもカラオケ居酒屋なんかあるんだ~!


俺が興味津々になっているのを察したおさだは何ならお客としてくる?と身振り手振りと不完全なテレパシーで伝えて来た。


え?俺が行って大丈夫?俺が尋ねるとおさだはうんうんと頷き、夕方の出勤時間に一緒に行く事になった。


おさだに手を引かれてテレビの中に入った。

街灯一つ無く暗い夜道。月明りだけを頼りにおさだに手を引かれて店に歩いて行く。

道々、おさだが何故ヘルプをする事になったのか事情を聞いた。


何やら、最近更生した知り合いがいて、働き口が欲しいと言うので、居抜きの店を見つけてあげてカラオケ居酒屋を出店する手伝いをしてやったとの事だった。


前の持ち主がおさだの知り合いと言う事も有って格安で店を開けたらしい。

そしてお店の女の子に伽椰子と言う女性が入ったが、息子の俊雄君が熱を出して寝込んでいるのでヘルプに入ると言う事だった。


「…え…伽椰子さんとか俊雄君て…あの…。」

「あ、声が出るようになったわ~!そうよ~なんか呪怨とか言う映画のモデルの親子なのよ。

 とみちん知ってるんだ~!」


おさだが普通に話して驚いた。

どうやら異界に入って少しすると普通に話せるとの事らしい。

初めて聞くおさだの声は何となくサザエさんに出てくるタイコさんのような声で嬉しかった。


「とみちん、そろそろ着くわ~。

 支払いは人の魂だけど私は色々沢山持っているから今日は私の奢りね~!」


暗い道の先にほのかに看板が見えて来た。


「カラオケ居酒屋 淡谷」


何となく嫌な予感がした…。


おさだが扉を開けると既に何人かの客がいてそこそこ盛り上がっていた。

そして、いらっしゃ~い!とどこかで聞いたような声が聞こえた。

カウンターで…あの…巨大淡谷のり子もどきハサミでおちんちん縦に先っちょから根本まで切り裂き魔が何かをハサミでジョキジョキ切りながら俺に笑顔を向けた。


俺は悲鳴を上げて逃げようとした。


「待ってとみちん!

 今はもうあの巨大淡谷のり子もどきハサミでおちんちん縦に先っちょから根本まで切り裂き魔はすっかり心を入れ替えて更正しているの!

 だから安心して!」


俺はおさだに背中を押され、カウンター席に座った。

巨大淡谷のり子もどきハサミでおちんちん縦に先っちょから根本まで切り裂き魔は俺にお絞りを出しながら笑顔で言った。


「あらぁ!フレッシュおちんちんの彼氏ねぇ!

 この前は怖がらせてしまってごめんなさいね~!

 今は心を入れ替えてこの店で『のりこママ』として働いてるのよ~!

 生きている人間でここに来れる人は限られているからきっと貴重な体験になると思うわ!

 ゆっくりして行ってね~!」

「とみちん、そういう事だからゆっくり楽しんで行ってね~!」


おさだはそう言うとカウンター奥に入り、お店の服に着替えて出て来た。

時代劇の江戸の小娘みたいな服はそれはそれで可愛かった。

元巨大淡谷のり子もどきハサミでおちんちん縦に先っちょから根本まで切り裂き魔であるのりこママは器用にハサミを使ってキュウリの浅漬けを切ると突き出しに出してくれた。


「あら、ハサミは皆すっかり消毒してるから心配しないでね~!

 私はどうも包丁よりこっちの方が使いやすくってね!

 おほほ!

 お酒はおさだちゃんのボトルが入ってるからそれでいいかな?」

「は、はい。」

「おさだちゃんはいつもソーダ割りだけどそれで良い?」

「あ、はい、それで…。」


俺の目の前にいつもおさだが飲んでいる焼酎の大びんが置かれた。


『地獄鬼皆惨殺』


…なんか凄いネーミングだが口当たりが爽やかでいて後からコクと風味が沸き上がる不思議な酒だった。


落ち着いて店内を見回すと、客達は顔色が悪かったり、ちょっと異形の顔立ちだったりしているが、お酒を飲んで盛り上がっている様子は人間とあまり変わらなかった。

時々カラオケを歌う者もいて、俺は段々と店の雰囲気に馴染んで来た。


「とみちんは何か食べたいの有る?」


お盆に料理を乗せて忙しく立ち歩いているおさだが俺に気を利かせて声を掛けた。

俺はカウンターの小さな黒板に書いてある今日のお勧めを見た。


「あ、のりこママ、お刺身の盛り合わせを下さい。」

「あいよ~!」


その時に俺は鋭い視線を感じた。

仕事柄殺気を向けられると敏感に感じる。

視線の先にはカウンターの反対側の端に顔がカツオっぽい男が酒を飲みながら横目で俺を睨んでいた。


「あら~!今日は魚人の忠三郎さんが居るんだっけ。

 とみちん、ちょっとこれを置かせてもらうわね~!

 あの人、目の前でおさかな食べると機嫌悪くなるから~!」


のりこママが俺の横にちょっとした衝立を置いた。

そして見事なハサミさばきで魚を捌き、見事な刺身の盛り合わせを出した。

驚く事に大根のツマものりこママは目にも止まらない早業でハサミを使って作っていた。


俺は魚人の忠三郎の視線を気にしながら衝立の影で刺身を食べた。

旨い!

刺身は新鮮でとても旨かった。

俺の後ろのボックス席の客も俺が刺身の盛り合わせを旨そうに食べるのを見て、やはり刺身の盛り合わせを頼んだ。


魚人の忠三郎は穏やかならぬ雰囲気を醸し出しながらデンモクをつついていた。


「ママ!1曲入れるぜ~!」


丁度カラオケリクエストの谷間だったので魚人の忠三郎の歌は直ぐに入った。

魚人の忠三郎はマイクを握り熱唱した。


魚魚魚~!

魚を食べ~ると~!

魚魚魚~!

魚は悲しむ~!


魚魚魚~!

魚を食べ~ると~!

魚魚魚~!

魚は激怒する~!


焼い~たり煮たり~生だったり~!

魚は僕~らを~!

恨んでいる~!

憎んでいる~!

呪ってい~る~!


俺は引きつった顔で魚人の忠三郎の歌を聞きながら美味しい刺身を食べた。

まぁ、同類を食べているんだからね…。

皮肉な事に魚人が歌ったとても怖い替え歌は99点と高得点をたたき出した。

のりこママが嬌声を上げて魚人の忠三郎にボトル焼酎を贈呈して、魚人の忠三郎は機嫌を直したようだった。


その後はこれと言ったごたごたは無くカラオケ居酒屋淡谷の時間は楽しく過ぎて行った。

やがて出来上った客達はおさだに何か歌ってくれとリクエストが相次いだ。

オサダは歌が上手いらしく、店の客達も承知しているようだった。

客達から結構お酒を飲まされたおさだは曲を入れて、マイクを持って立ち上がった。


イントロが流れて来た。

ああ、中森明菜の難破船ね。

透き通るような奇麗な声で感情を押し殺した美声でおさだが歌い出した。


おお!これはかなり!というよりもすごく上手い!

俺はオサダを見直して他の客達と共に拍手を送った。

間奏の間におさだは少し足元がおぼつかなくなってフラフラと揺れながら俺に近づいて来た。

そして…急にデスボイスになり感情剥き出しであの怖い下目使いをしながら俺の顔を覗き込みながら歌の残りを歌い出した。


ひいいいいいい!怖い怖い怖い!怖いよ~!

マジで俺は少しだけおしっこちびった。


所が他の客達は拍手喝さいをしながら俺とおさだを見つめている。

おさだは結構ファンが多いらしい。

成る程美人だしね…。

そしてかなり盛り上がって閉店の時間になった。

俺は勘定は住んでいるからとのりこママに言われて、また遊びに来てね~!と両手に挟みを持って振っているのりこママに別れを告げて、飲み過ぎてペッちゃんこになったおさだを抱えて部屋に戻った。


色々と怖かったけど面白い店だった。

それにあそこに行けばおさだとおしゃべりを楽しめる。

俺はおさだに息を吹き込んで身体を膨らまし、元に戻してあげてから水を飲ませて一緒にベッドに入った。


眠りに入る寸前に、おさだは今度は『翳り行く部屋』を歌おうかなと身振り手振りと不完全なテレパシーで伝えて来た。


それだけは勘弁して…。




続く



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