第5話

出た!ああああ!出たぁああああ!


夜中に尿意を催してトイレのドアを開けた俺は悲鳴を上げて後ろにのけぞり、尻餅をついてしまった。

ついでにおしっこ漏らしてしまった。

良い年をした俺が恐怖でおしっこを漏らすほどの存在。

それは、身長2メートル近いガタイが良い、凶悪な大きいハサミを持った不機嫌な淡谷のり子にそっくりな存在だった。


あれは俺がまだ小学3年生の頃の8月、お盆で父親の実家に遊びに行った深夜の事だった。

深夜におしっこをしたかった俺は誰も起きてくれないので怖いのを我慢して一人でトイレに行った。

田舎の家は長い薄暗い廊下の突き当りにトイレがあった。


トイレのドアを開けたら、そこにあの存在が立っていた。

あの存在は手に凶悪なハサミを持って開いたり閉じたりしながら、私の歌を間違えずに歌わないとお前のおちんちんを縦に先っちょから根元までちょん切るとその身に似合わない高音で宣言した。

恐らく淡谷のり子の歌の事を言っているんだろう。

だがしかし、その時はまだ淡谷のり子は生きていた。

恐らく長い死霊生活の中で自分が淡谷のり子だとすっかり思い込んでしまったのだろう。

俺は震える声で別れのブルースを歌った。


何故そんな子供が昭和歌謡、昭和12年の歌を歌えたかって?

君達、俺が子供の頃はお盆や正月に往年の大歌手がテレビで懐メロ大会などで盛んに歌っていたんだよ。

その歌を真似して歌うとじいちゃんばあちゃんが喜んでお小遣いをくれたから俺は必死に覚えたんだよ。


しかし、恐怖に震える俺は終わりごろの歌詞を間違えてしまった。

巨大な淡谷のり子もどきがニヤリとして、間違えたねぇえええええ!と叫んだ。

おちんちんを縦に先っちょから根元まで切り裂かれたら今後の俺の人生が台無しになる。

まるでクリープを入れないコーヒーの様なほろ苦い、いや激苦い人生を送る事になってしまう。


俺は必死に逃げたが、巨大な淡谷のり子もどきが追いかけてくる。

物凄い騒ぎなのに、誰も起きて来なかった。

俺はひいじいちゃんの部屋に駆け込み、ひいじいちゃんが寝ている布団に潜り込んだ。


どこへいったぁあああ!と巨大な淡谷のり子もどきがハサミをジョキジョキ鳴らしながら部屋に入って来た。


そして布団に巨大な手が入り込んできてひいじいちゃんの脚を掴み、熟睡しているひいじいちゃんは布団の外に引きずり出されていった。


ひいじいちゃん!ごめんね!可愛いひ孫の代わりに犠牲になってね!

もう、おちんちんの使い道無いでしょ!

おちんちんを縦に先っちょから根元まで切り裂かれても生きて行けるでしょ!

ああああ!怖くておしっこ漏らしちゃった!

これもひいじいちゃんのせいにさせてもらうね!

ごめんね!ひいじいちゃん!ごめんね~!


俺は布団の中で身を潜めてガタガタ震えていた。


ちっ!こんなしわくちゃでふにゃふなやなおチンチンじゃははさみが汚れるね!

あのフレッシュおちんちんは一体どこへ行ったぁあああ!


何か大きい音がして巨大な淡谷のり子もどきのどすどすとした足音は遠のいていった。

俺は暫くして布団から顔を出して辺りを窺った。

巨大な淡谷のり子もどきの姿はなく、ひいじいちゃんが押し入れのふすまを突き破り下半身が出ていた。

俺は苦労してひいじいちゃんを押し入れから引き抜いて布団に寝かせた。

勿論俺が漏らしたおしっこの所にひいじいちゃんの股間を合わせた。


ひいじいいちゃん、身代わりにして御免ね。

天国に行っても時々お小遣い頂戴ね。

俺はそう祈りながらひいじいちゃんに手を合わせたが、ひいじいちゃんはまだ生きていた。


俺はバッグを漁り、新しいパンツを履いて濡れたパンツを洗濯機に放り込んで眠りについた。


翌日、ひいじいちゃんは申し訳なさそうな顔をして家族が濡れたひいじいちゃんの布団を干すのを見ていた。


それから数十年、あの巨大な淡谷のり子もどきは当時の俺のフレッシュおちんちんを追って来てたのだろう。

なんて執念深い存在なんだ!


俺はひいひい言いながら尻餅をついたまま後ろに後ずさった。


その時だった。

異変に気が付いたおさだが寝床から飛び出し、両手を広げて俺と巨大な淡谷のり子もどきの間に立ちはだかった。


おさだ~!


俺は心の中で叫んだ。


おさだが強烈なパンチを巨大な淡谷のり子もどきの腹に何発も繰り出した。

パンチが当たるたびに巨大な淡谷のり子もどきがグフ!グフ!と唸った。

おお!効いているのかぁ!


全然効いていなかった。


にやりとした巨大な淡谷のり子もどきは強烈なビンタでおさだを弾き飛ばした。

おさだは鼻血を振りまきながら壁まで飛んで行き、壁に叩きつけられてずるずるとずり落ちて言った。


もうおしまいだ…。

俺のおちんちんは縦に先っちょから根元まで切り裂かれてしまう…きっとすごく痛いんだろうな…。

しかし、死霊同士の戦いってさぁ、もう少し霊力とか魔術とかさぁ…。

何か…パンチとかビンタとか低次元じゃない?

もう少し…せめて延髄切りとか卍固めとか…。


俺は長年俺の人生を彩ってくれた何よりも大事な相棒が縦に先っちょから根元まで切り裂かれそうになっているのにそんな呑気な感想が頭に浮かんだ。


さてさて、まだお前のおちんちんは賞味期限が切れていないかねぇ~!

まだフレッシュさは残っているかねぇ~!


巨大な淡谷のり子もどきがハサミをジョキジョキ言わせながら迫って来た。


その時だった。

死力を振り絞っておさだが巨大な淡谷のり子もどきの後ろに飛びつきスリーパーホールドを決めて締めあげた。


巨大な淡谷のり子の肩越しに鼻血を出してあの恐ろしい下目使いのおさだの顔が見えた。

巨大な淡谷のり子もどきはハサミをとり落とし苦しんでいた。

必死におさだの腕を振りほどこうとしたがおさだのスリーパーホールドは完全に決まっていた。

あそこ迄見事に決まればカール・ゴッチ先生でも逃れるのは無理だろう。

巨大な淡谷のり子もどきはおさだの腕を2タップして降伏の意思表示をしたが、おさだの締めあげは止まらなかった。


やがて巨大な淡谷のり子もどきは白目を剥いて膝から崩れ落ちた。

『おちた』らしい。


おさだはゼイゼイ言いながら、倒れた巨大な淡谷のり子もどきの脚を掴んでテレビの前まで引きづって行き、苦労してテレビに放り込んだ。


そして鼻血を手で拭きながら俺に顔を向けて上目使いで笑顔で親指を立てた。

おさだの下目使いは非常に恐ろしいが上目使いはとても可愛らしい。


おさだ!ありがとう!


俺が言うと、おさだの体が空気が抜けた風船のように萎んでしまい床に広がってしまった。

おさだは力を使い果たすとそうなってしまう。


俺はいつものように床に広がったぺったんこのおさだの体の手足をキチンと広げ、おさだの鼻の穴を指で塞いで口から空気を送り込んでおさだを膨らませた。


やがて原型を取り戻したおさだが目を覚まし、そのまま俺達は長い口づけを交わした。


え?空気嫁?


良いじゃん別にそんな事。

おさだは俺のおちんちんの恩人なんだから。


おさだ、ありがとう、愛してる。


今度から3日に1回プリンを買ってやろうと思った。

そして、毎日毎日キスをしよう。

俺とおさだは100万回のキスをするんだ。


リア充だろ~う!






続く


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