第3話

今日は夜にマンションの理事会に出て夜8時を過ぎた頃に部屋に戻った。


ドアを開けるとパニック状態になったおさだが天井に張り付いて四つん這いで走り廻っている。


ああ!出たな!奴め!


俺は玄関の靴入れに待機しているゴキジェットを両手に持って靴のまま部屋に上がった。


おさだにアイツはどこにいる?と尋ねると、おさだが震える指で65インチテレビの後ろを指差している。

俺は恐る恐る両手にゴキジェットを構えてテレビの後ろを覗き込んだ。

言って置くが俺はあの虫が大嫌いだ。

恐怖症と言っても良い。

俺はぶるぶる震える手で触角をゆらゆら揺らす黒い奴にゴキジェットを噴射した。


その瞬間。


奴が飛んだ。

奴が飛んで俺の顔に向かって飛んできた。

なんでなんでなんで奴は人間に顔に向かって飛んで来るのだろうか?

下等生物とは思えないずる賢い邪悪な生物だ。

きっと神が人間に嫌がらせをするために作り上げた邪悪な創造物なんだと思う。

俺は悲鳴を上げてゴキジェットを乱射しながら後ろに倒れ込んだ。

ゴキジェットが天井に張り付いているおさだにも命中して彼女が天井から落ちて恐ろしいスピードで俺の後ろに4つん這いで駈け込んで俺の背中にしがみついて来た。


おさだもゴキブリが大嫌いなのだ。

死にかけた自分の肉体をゴキブリに食い荒らされた恐怖の記憶があるらしい。


俺は空中を飛んで来る邪悪な奴に向かってゴキジェットを噴射し続けた。

遂に奴は力尽き床に仰向けに落ちて脚を力無く蠢かせるだけになった。

俺は尚も噴射をし続けて奴に完全に止めを刺した。


また2缶使い切ってしまった…。


俺はゴム手袋をはめて箒とちり取りで奴を拾うとおさだに窓を開けてもらい、外に捨てた。

もちろん箒とちり取りもごみ箱に捨てた。


俺は奴の侵入経路を探した。

この部屋の水回りは全ての奴が入り込めないようにダクトテープとコーキング剤で隙間を全部埋めたのだが…。


俺は6畳洋間の大きな窓の網戸を調べた。

やっぱり。

空気の入れ替えをしようとしたおさだが不完全に網戸を閉めていてその隙間から奴が入り込んできたのだろう。

多少立て付けが悪く、完全に網戸を閉めるのは少しコツが必要なのだ。

やれやれ、マンションの5階と言えども油断ならないな。


俺はおさだに網戸の締め方をきちんとするように言った。

おさだは涙を流して両手を合わせて謝った。


やれやれ、俺たちは気を取り直して遅い夕食を食べる事にした。


しかし、気にくわないのはあの邪悪で醜悪で動きがすばしこい虫の野郎がよりによって俺とおさだの恋のキューピットなのだ。


数か月前、ソファに寝転がりながら大きなテレビを見て寝落ちした俺の元に深夜、おさだがテレビから姿を現したのだ。

寝ぼけて頭がぼんやりしていた俺はテレビから這い出てくるおさだを見てびっくりした。

だがしかし、俺は見た。

幽霊や妖怪よりもゴキブリが遥かに苦手な俺はテレビから這い出てくるおさだの手元にバカでかいゴキブリがうろちょろしていたのを…見てしまった。


ああ!ゴキブリだぁ!と俺が叫び、自分の手元にうろちょろするゴキブリを見たおさだはか細い悲鳴を上げた俺の方に素早く這いずって来て恐怖に駆られた猫のように俺の体に這いのぼったのだ。


その時はまだ水回りのゴキブリ侵入対策をしていなかったのでソファのすぐ横に置いてあるゴキジェットを手に取った俺はおさだが肩に乗ったままゴキに向かってゴキジェットを噴射したのだ。


たっぷり2缶分のゴキジェットを浴びたゴキは死んだ。

俺は肩に乗り頭にしがみついて俺の体に顔を埋めて震えるおさだにゴキは死んだ事を伝えた。

おさだはまだ震えてべそをかいていた。


俺はおさだを肩から下ろして優しく抱いて頭を撫でてもう心配いらないと言った。

その時俺は…おさだを可愛いと思い、つい、おさだの顎をくいと持ち上げてキスをしてしまった。


彼女の唇は柔らかかった。

微かにファブリーズの香りがした。

一瞬抗って抵抗したおさだだったが、やがて腕を回して俺を抱きしめた。

俺たちは抱きしめあってソファに倒れ込んだ。


まぁ、そういう訳で俺達の付き合いが始まった。

あの時のゴキは俺たちの恋のキューピッドだったのだろうか…。


しかし、ゴキブリは大嫌いだ。

今後また侵入したりしたら容赦なく殺すだろう。






続く



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