第3話

 それから、私は医者と話していた記憶があまりない。

 私の症状について、少なくとも彼は私に同情しているし、薄暗い中で説明をしなくてはならないことに、後ろめたさを感じているようだった。


 その日の夜、私はまったく寝付くことができなかった。

 それが単に昼間ずっと眠っていたからなのか、病気のせいなのか、判断がつかない。でも、次の日も、その次の日も、私は夜にぱっちりと目が冴えてしまって、昼間はうとうとと眠りについた。完全に医者が言っていた「夜行症」の症状だった。太陽が沈み、夜8時に目が覚めると、毎晩のように声を上げて泣いた。退院して家に帰ると、心配そうな両親の顔が、余計胸にずっしりと重しのようにのしかかってきて、二人のいないところで泣いた。

 泣いて泣いて、流す涙もなくなってきて、それでも刻一刻と時は進んでいて。定時制の高校へはもちろん通えなくなり、通信制の高校に切り替えた。でも、勉強をするやる気は起きなくて、毎晩月の光をぼうっと眺めているのが日課になった。


 そんな生活を3ヶ月ほど続けていたが、少しだけ、現実を受け入れられるようになった私は、ある夜家を飛び出して外出をすることにした。

 外の世界は、街へ行けば思ったよりも明るくて、太陽の光がなくても、私はまだ生きていられると思った。でも、ひとたび自宅の近くへと戻ると、やっぱり真っ暗だ。街灯と月明かりだけが、私を照らしていた。それぐらいの光ならば、浴びても大丈夫なのだと医者は言った。

 無心で夜の住宅街を散歩していると、無意識のうちに以前通っていて定時制の高校にたどり着いていた。夜の高校は昼間とは違っていて、怪物でも棲んでいるかのようなおどろおどろしさがある。


「あれ、開いてる……?」


 校門の横に、自転車が通れるぐらいの小さな扉があるのだが、その扉が少しだけ開いているのに気がついた。

 試しに扉を押してみると、普通に開けることができた。

 私は、扉の向こうへと一歩足を踏み入れる。

 夜の学校に入るのはもちろん初めてだった。たぶんバレたら不法侵入になる。

 だけど、そんなことはどうでもよかった。病気を発症して以来、私はちょっとやそっとのことなら怖くないと思い始めていた。

 校内は当たり前だが閑散としており、廊下の向こうは暗く沈んでいた。長い廊下の先は、入り口からだと見えない。

 たん、たん、と静かな足音を響かせて暗闇の中を進む。階段を登り、4階までたどり着いた。廊下の窓から見える月が綺麗な三日月で、私は感嘆の声を漏らした。

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