第2話
*
私は1年と少し前、高校1年生の時に世界でも症例の少ない『夜行症』という珍しい病気を発症した。ちょうど、6月の運動会の真っ最中のことだ。梅雨だというのに天気の神様が味方をしたのか、快晴で気温が30度を超える日だった。運動会を楽しみにしていた生徒たちはみな一様に喜び、たくさん練習したダンスも、何度も転んで擦り傷をつくったリレーも、ここ一番の盛り上がりを見せていた。
運動会のすべての競技が終わり、あとは閉会式を待つのみ、という時に、私は頭がぼうっとし、吐き気を覚えていた。応援席で生徒全員が席についていた。
息が苦しい……。
頭が痛い……。
気持ちの良い汗を流して、満足した様子のみんなとは正反対の心地で一番前の席に座っていた私は、気づいた時には目の前が真っ暗になっていた。
「
隣に座っていたクラスメイトが、頓狂な声を上げたのを聞いたのが、その日の最後の記憶である。
目が覚めた時には病院のベッドで寝かされていて、しかも部屋は全体的に薄暗く、一瞬自分は死んでしまったのではないかと錯覚した。
「成瀬光莉さん、目が覚めましたか」
私の顔を覗き込む白衣の医者の姿を見て、霞んでいた視界がようやくクリアになる。
「病院……私は、どうしてここに?」
「あなたは学校の運動会の最中に倒れてしまったんです。おそらく『夜行症』かと思われます」
「やこうしょう……?」
聞き慣れない病名に、私は首を傾げた。そもそも、突然病院で目が覚めて病気だと言われたことに、頭が追いついていなかった。
「はい。聞いたことはないと思います。とても珍しい病気で、世界でもまだ症例が少ないんです」
「はあ」
医者は、訝しげな視線を向けてくる私に、「夜行症」について訥々と話し出した。
脳の、睡眠を調整する機能がうまく働かなくなり、昼間起きていられなくなること。
太陽の光や、室内でも強い光を浴びると、身体がひどく疲れて起き上がれなくなってしまうこと。
光を浴びると、翌日には発熱や倦怠感などの症状が現れてしまうこと。
光を浴びすぎると、寿命が縮まってしまうこと。
発症する原因は不明であること。
今の所治療法は確立されておらず、一度発症すると、もう二度と日の光を浴びられなくなること——。
どれも、およそ現実味がない話で、私はおとぎ話の世界にでも迷い込んでしまったかのような心地になった。胸の奥がずっとざわついていて、医者の口から紡がれる言葉の一つ一つに、息苦しさを覚えた。
「だから……部屋も、薄暗いんですか」
心はまったく受け入れられていないのに、頭では医者の話が真実であると理解しようと努めていた。
「はい。そうです。現にいま、夜の8時です。あなたの身体は、夏場でも日が完全に落ちている8時ごろに目が覚めるようになります。日が昇る前に眠りについて、昼間はずっと眠ることになります」
「……」
信じられない事実ばかり突きつけられて、心はとっくに壊れそうだった。
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