第7話

 古の四元素の考え方の延長に【女は土で水。男は火で風】というのがあったかなかったか。命を育む土と水、その性質を持つのは女。荒々しく侵略していく火と風、その性質を持つのは男。そんな事を言った哲学者がいたような、いなかったような。


 男であるオレは、命を育む女に癒されたくて、乳首代わりにタバコを咥え、土気つちけの煙を肺から押し出す。ウザくて仕方のなかった煙の中のエロ広告は、失くしてみると愛おしいものだった。


 オレは携帯端末のブラウザに【愛をデリバリー】と入力し、検索を実行する。灰皿に置いたタバコから立ち上る煙の中ではスカした男がウッドベースを指で弾いている。耳の中には聞いた事のないジャズが流れている。全く興味がない。この店の近所にライブハウスがある事も初めて知った。そんな事はどうでもいい。端末の画面に映し出されるデリバリー店の女の外見情報と今晩の空き情報を、目を皿にして吟味する。ええい。顔もスタイルもみんな隠し過ぎだ。どの女ももっと顔や体型を分かるように開示しろ。オレ好みの女かどうか分かりやしない。


 懸命に好みの女を探していると、店のドアが開く音が聞こえた。狭い店だ。客が来た事はすぐに分かるし、その客がオレの座っているスツールのすぐ後ろを通る事も予測できる。見知らぬ誰かとは言え、現在のオレの端末画面を見られるのは恰好悪い。オレはすぐにブラウザをオフにして、端末をジャケットの内ポケットにしまう。灰皿から立ち上る煙の中の広告は相変わらずライブハウスのもののようだ。

 店の床を歩くコツコツという音はパンプスか。酒とタバコを楽しみに来たのはどうやら女性らしい。店内に空いている席は現在、松田が座っていたオレの隣だけ。紫煙の中の広告が今もジャズバンドの映像である事を確認して、オレは一つ妙案を思いつく。


 入って来た女はオレの後ろを通りながら、おそらくは店内を見渡しているのだろう。オレの真後ろで歩みを止めて、唯一空いている隣のスツールを後ろに引き、そして座った。オレは横目で彼女を見る。中々の美人だ。そして、彼女の目にはオレの目の前のホログラムが入っているだろう。彼女の目に十分にジャズバンドの映像が印象に残っただろうタイミングでオレは席を立つ。ジャケットの内ポケットから端末を取り出して、それを耳に当てながら店から一旦外に出るといった演技をする。電話などかかってきていないが、如何にも周りに気を使って電話をしに出るようなフリをして、オレはバーテンに何も言わずに店を出る。


 お試しの十分がそろそろ終わる頃だと、オレはそう判断した。




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