第3話
オレは目を疑った。隣の紳士が吐き出す煙の中に浮かび上がるのは、学術書や音楽や舞台公演の宣伝映像ばかりだった。裸の女など微塵も出てこない。それらがこのホログラム広告界隈でまるでニッチな事は間違いない。それらはことごとく平面映像だった。3D映像を作ってまで広告を出す必要がないものなんだろう。そりゃあそうだ。重税対策で生まれた新しい広告システムにアジャストしたホログラム用のプログラムにはそれなりに金がかかる。安酒を求める喫煙者という大枠に訴求しないであろう学術書や舞台公演のCMを3Dホログラム化する理由はない。
それは、分かる。だが、隣の男の嗜好に女がまるで無いのが分からない。
観察などしていないという
「ご興味がおありですか?」
オレの視線に気づいた紳士が話しかけてきた。
「え、えぇ。えらくアカデミックな広告ばかりが浮かんでましたので……。私の煙のホログラムにはエロしかないものですから、それを恥じることも忘れて見入ってしまいました。スミマセン。お気を悪くされたのでしたら、謝ります」
音楽や舞台公演がアカデミックかどうかはさておき、思いついたままをオレは紳士に言った。
「まぁ、仕事と趣味の事ばかりが煙の中に浮かびます。お恥ずかしい。薄っぺらでつまらない男なんですよ、私は」
「何をおっしゃいますやら。私のものが、あなたの煙の中に浮かぶような広告ばかりであったなら、私はこういった店にも女性を同伴して来れるってもんですよ。ですが、私の煙に浮かぶのはエロばかり。女性を同伴なんて考えられません。羨ましいです」
「ハハハッ。そういうものですかね」
「えぇ、もしかして、どこかの大学の教授でいらっしゃったり……? なんか、難しそうな本の広告がチラと見えていまして」
「いえいえ、そんな立派な立場などではありません。私は只のエンジニアです。しがないサラリーマンですよ」
「そうなのですか。私もサラリーマンの一人ですが、煙の中に浮かぶホログラムで人柄が丸裸にされる現代です。あなたと私でこれほどまでに違いがあるとは……。サラリーマンという概念の広さに驚かざるを得ません」
そう言ってオレはジンと氷が入った自分のグラスを手に取り、彼に向けて軽く掲げる。彼はそれに応えるようにターキーのグラスを少しだけオレに向けた。
「貨幣経済や先物取引や広告というのは、人類が生み出した偉大な発明ですが、昨今ではちょっと行き過ぎていますね」
紳士は上品にそう言ってきた。
「と、言いますと?」
オレは何も考えずに先を促す。
「どうにもね。富める者をより豊かに。持たざる者はより貧しく、を地で行っていると言いますか。例えば、先物取引なんていうのは、豊作にせよ凶作にせよ決まった対価を農民に支払うと約束する事で、都会の商人が農村を支えるといった側面があったハズなんですよね。そもそもの成り立ちは」
「えぇ、聞いた事はあります」
「今の時代にそれを当てはめるとですね、凶作でも豊作でもギリギリ死なないでいられる対価しか得られない農民と、豪商に二極化しているように見えるんですよね」
ほぉ、頭のよろしくないオレにも分かりやすい説明だ。
でも、なんだ?
煙の中の裸の妖精を見せられているオレが貧しい農民という比喩に聞こえるが、彼が言おうとしている事はなんだ?
隣の紳士は酔ったオレの頭に何を投げかけてきている?
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