第2話

 オレの真隣まとなりに一人の男が座った。小さい店だ。仕方がない。


 オレの吐き出す煙に映し出されるホログラムは、オレをターゲットとしている広告だから、オレに良く見えるようにその像を結んでいる。オレの目の位置から遠ざかれば遠ざかる程に、その立体映像は乱れて読み取りにくくなるものだ。

 しかし、真横に座った人間からは普通に見て取れる。広告が、そのターゲットに最適なものを提供しているという事を皆が知っている現代だ。『この人はエロオヤジですよ』と言いながら舞い続けている煙の中の妖精は、隣の席の人間にも見えている。ホント、恰好を付けられない世の中になったものだ。ハードボイルドって、貧乏人にも許されたものじゃなかったのかよ。


「お隣、失礼します」

 メガネをかけた紳士然とした男はオレにそう言って、軽く頭を下げた。

「あ、いえ。どうぞ」

 タバコをくゆらせながら応えたオレの煙の中にはセクシーな妖精。紳士は表情を崩したりはしないが、彼の目にもその裸の女妖精は見えているハズだ。ま、男同士だ。オレがエロオヤジなのだと彼の目に映ったところで問題はない。


「スミマセン。ワイルドターキーをロックでください」

 紳士はバーテンにバーボンを注文している。落ち着いた雰囲気といい、少しくたびれたジャケットといい、流行などどこ吹く風とターキーなんかを頼む姿といい、中々にハードボイルドだ。しかし、コマーシャリズムが彼の本性を暴くのも時間の問題さ。どれだけ紳士然としていようが、いくらハードボイルドな雰囲気を醸し出していようが、煙の中に裸の妖精を映し出してしまったなら、それは【どうしようもなく愚かな男子同盟】の始まりだ。オレは彼と照れ笑いを交わし合う数秒先の未来を予測する。


 彼はカバンからパイプや葉っぱの入った缶を取り出し、手慣れた手つきでパイプの先のタバコ葉にマッチで火を点ける。硫黄とリンのにおいを残して、マッチからは細い煙が一筋流れる。タバコの楽しみ方の一つとしてパイプはたまに見かけるが、彼ほどスマートにパイプを扱う者は珍しい。


 しかし、どうせアレだろ?そのパイプから立ち上る煙に浮かぶのはオレと変わらず裸の女だろ?分かっているさ。安いバーでは知らない者同士でそれをネタに話すのがお約束じゃないか。さぁ、出せ。煽情的でくだらない、女の裸体をその煙の中に浮かべてしまえ。オレは真正面の壁に並んでいる酒瓶を見ているフリをしながら、彼の煙の中にホログラムが立つのを待った。

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