ホロウ・マイト・ホロウ
ハヤシダノリカズ
第1話
煙というのは四元素の考え方だと、どういうものとして扱われていたんだろうな。火、土、水、風……、錬金術というオカルティズムが科学だった時代があった。四元素とは、世界のあらゆる物質は火と土と水と風から出来ているという考え方だ。火によって風に乗る存在になったもの、煙。その本質は微量の土という捉え方だったのだろうか。
そんな事を考えながら、オレは肺から吐き出した煙に視線をやっている。煙の中には小さな裸の美女が微笑みながら腰をくねらせ踊っている。オレを誘惑するように。まるで『あなたを愛している』と言っているように。
昔見たSFの世界では何もない空中に3D映像を作り出していたが、今のところそれは実現していない。ただ、煙や蒸気などに何方向からかレーザーを照射して、そこに3D映像を浮かび上がらせる事は出来るようになった。そして、オレ達喫煙者はバーカウンターで実体のない妖精の幻を見せられる訳だ。
ご丁寧に指向性のスピーカーがオレにだけ聞こえる声で『今夜のお供はもうお決まり?ここからすぐの場所で待ってるわ。あなたに愛をデリバリー。愛をデリバリーで検索してね!』と訴えてくる。
タバコと酒が悪の権化となって久しいが、タバコと酒を同時に楽しめる店に重税が課せられるようになったのはつい最近で、しっとりと落ちついて酒とタバコを楽しめる店は超高級店になり、安価で酒とタバコを楽しめる店は積極的に店内に広告を取り入れた。
オレみたいな貧しい男は、暗い店内の空中に吐き出した煙の中に商業主義の権化の妖精を見せられながら飲むしかない訳だ。酒の
一人の人間を狙い定めて、煙の上に
オレに最適な広告が『この後、女を買っていきなよ』である以上、ホログラム広告システムを導入している店でオレが恰好を付ける事など不可能な訳で、カウンターの向こうのバーテンにさえ三枚目なオレを見せる事しかできない。くたびれた中年がハードボイルドを気取れた昔が懐かしい。
安酒とタバコの世界にはもう、ハードボイルドが存在しない。
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