第2話 今カレ

陽稀はるき、ちょっと聞いてよ。私、最近、夜、悪夢にうなされていてさ、本当に怖いんだけど、どうにかなからないかな。」

「そうなんだ。でも、たかが夢じゃん。別に、傷つけられたりされるわけじゃないんだろう。気にしないのが一番だよ。そのうち、出てこなくなるって。それでもだめなら、あとは、カウンセラーとかに相談してみるとか。」

「そうだんだけどさ。すこしは、大変だねとか声をかけられないの? なんか相談して損した感じ。」

「なにをそんなに怒ってるんだよ。ちゃんと相談にのってるじゃないか。」


 すいは、僕と同じ広告代理店で働く後輩で、今、付き合っている女性だ。翠は、いつも僕に笑顔をみせ、僕を優先してきてくれた。でも、夢のことは本当に悩んでいるようで、いつになく、怒られてしまったのには少し驚いた。


 そういえば、翠の目は、いつもの笑顔いっぱいの目ではなく、大きく開いていて、僕を真剣に見つめていた。こんな翠の表情は初めてだった。 


 翠は、こういうのは失礼かもしれないけど、見た目はどこにでもいそうなごく普通の女性だけど、性格はとてもいい。翠と一緒にいると、心が落ち着けると言うか、自分らしくいられる。


 僕が会社に入って2年目のとき、僕の部署に2名の女性の新卒が配属された。いずれも素敵な女性で、社内の男性陣は、かなり沸き立っていた。


 1人は、斉藤さんという女性で、見た目は可愛いく、誰にでも親しみやすい感じだったけど、芯が強い人だった。


 実は、僕は最初は、斉藤さんが気になっていたんだけど、すでに彼がいたようで、話しかけても、なにか壁というか、これ以上、近づいてこないでという聞こえない声が聞こえてくるようで無理だなと思った。


 もう一人は柏木さんという美人タイプで、高嶺の花というか、誰もが付き合えるはずがないと諦めていたけど、実は、一旦親しくなると、すごく開放的でお互いの壁は全くないタイプの人だった。美大でピアノをやっていて、親のコネで入社したらしい。


 僕自体は、柏木さんには、あまり興味はなかったんだけど、廊下を歩いている時に、時々、話しかけられたり、会議室で1人でいると、ふと入ってきて、雑談をしてきたりとか、なんか、今から思うと、話す機会が多かった。


 そして、職場の飲み会で一緒の席に座ったことがあった。でも、柏木さんの偏食はすごくて、牛肉、豚肉、魚一般もだめで、ミルクとかサラダとかしか食べない。お酒も、コップ半分ぐらいしか飲まないから、なにをしに、ここに来たのかと思った。


 最初は、僕と一緒に食べたくないという意思表示かと思ったけど、そんなことはなく、本当に偏食だと言っていた。僕は、一緒に楽しく飲んで、お料理について感想も言い合える人じゃないと、個人的なお付き合いするのは無理だなと思って、彼女を眺めていた。


 この2人の女性がきた翌年に僕の部署に新卒で配属されたのが翠だった。翠は、目立たない人だったけど、いつも仕事はひたむきで、僕が仕事のお願いに行くと、どんなときも笑いかけてくれた。


 背は高くて、それ自体はあまり好みではなく、一緒に歩いていても自慢ができるという感じじゃない。でも、自分がどうしたいとかわがままを言うことは全くなく、常に僕のことをすごいすごいと言ってくれる女性は初めてだったんだ。


 そして、翠から、あるアプリの使い方について聞かれて、教えたら、小さな声で、今度、一緒に飲みにでも行きませんかと耳元で囁かれた。


 せっかくだからと思い、渋谷のイタリアンに一緒に行くことにした。そこでは、いつもよりも明るくて、ずっと喋り続けている翠がいて、とても心地がよく、こんな女性が僕の彼女になったらなんて考える時間が増えていった。


 そして、その後も、時々、夕食を一緒に食べに行くようになったけど、いつも、将来の夢を語る僕の話しをずっと聞いてくれて、そんな姿が素敵だ、一緒に夢を叶えられたいと言ってくれた。


 翠は、家庭が裕福なのだろうか、いつもおしゃれな服を着ていた。だからか、僕にもおしゃれな服はどうかと言われ、僕は、翠のおかげで、おしゃれにも気をつかうことができるようになった。


 僕は、大学時代から、女性からもてたんだけど、実は、女性から拒否されてしまうことが怖くて、付き合っても、男女の関係はもちろん、自分からキスさえすることができなかった。


 大学の時の彼女からは、そんな僕に、飲んだ後、暗い公園に行こうと言われ、ベンチに座って、いろいろと話していたけど、30分経った頃に、不愉快な顔つきに変わり、帰っていった。多分、キスをしてほしいと思っていたんだろう。


 勇気がなかった。やっとできたことというと、女性から手を握ってきたり、腕を組んできたときに応じるぐらいで、自分からやったことは何もない。


 そんな僕をみて、付き合った女性たちは、自分が避けられていると勘違いしてか、僕から去っていった。


 だから、翠とも、夕食に行くことは続いたけど、それ以上には自分から進めなかった。そんな僕をみて、じれったかったんだろうか。翠から、神戸に一緒に旅行にいかないかと誘われたんだ。


 僕は、女性から誘われて断るわけにもいかないと考えてOKと返事した。


 神戸には、朝1番の新幹線で向かうため、前日は東京駅の中にあるホテルに宿泊しようと提案を受けた。翠の家からは朝6時には間に合わないのかなと思ったけど、今から思うと、1泊でも一緒にいたいと考えていたのかもしれない。


 東京駅で飲み、そのまま東京駅にある部屋に一緒に帰った。寝間着に着替え、メイクをおとし、髪をとぐ女性と一緒の空間にいることは人生初めてで、心が躍った。でも、勇気、自信がなく、彼女を抱いたけど、立たなかった。


 翠は、そんなことはあるよって笑って、さあ、寝ようとずっと笑っていた。その言葉と笑顔に僕は救われた。そして、翠にキスをして、抱きしめて眠りについた。


 でも、結局、旅行の間だけじゃなく、しばらくの間、僕はずっと翠とはできなかった。それにもかかわらず、翠は辛抱強く、笑顔で僕と付き合ってくれたんだ。


 そして、1年ぐらい経ったころだろうか、僕は、やっと翠と1つになることができた。その時、翠は、今日、人生で初めていったと終わった時に僕の耳元でささやいた。その言葉を聞いて、僕は、翠をずっと大切にしようと決めたんだ。


 でも、なんで悪夢に悩んでいるのだろうか。仕事はそんなに大変じゃなくて、マイペースで進めているようだし、過去に、そんな経験があったとも聞いていない。


 そういえば、翠は、元カレのことは一切話さない。今カレに元カレのことは話さないことはよくあると思うけど、それだけじゃない気もする。翠は、お腹に手術の痕があることをすごく気にしているけど、どうも、元カレと関係があるような気がする。


 あの夢は、元カレと関係しているんだろうか?

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