第3話 人体実験

 俺は、大学の頃、翠と付き合っていた。ただ付き合っているというレベルではなく、実質的に俺と同棲生活をしていた。


 俺は、過疎地域の貧しい家庭で育った。親は農作物を作り、自給自足の生活をしていたが、生活は苦しく、周りの人たちは、暮らしていけずに離散していった。


 その中で、子供たちも減り、通っていた小学校も廃校となって、俺は、片道1時間半も歩いて遠くの学校に通っていた。


 そんな生活だから、中学生のときもクラブ活動とかは本気でできず、クラスからも、付き合いの悪いやつだといじめる奴もでてきた。でも、俺は決して負けるようなヤワじゃないので、攻撃には攻撃で対抗しているうちに恐れられ、誰も俺には近づかなくなった。


 だからだと思うが、この世の中でのし上がってやろうという思いは誰よりも強かった。ただ、そのためにも金が必要で、高校生の俺でもできることとして、日本政府が募集していた人体事件に応募したんだ。何を研究していたのかは知らない。


 どうして俺のことがわかったのかは不明だが、破格の報酬を出すから実験に参加しないかと、政府の役人だと名乗る人が俺の家に来たんだ。もちろん、そんな甘い話しはないから、危ない実験だとは思ったけど、破格の報酬というのは俺にとって魅力的だった。


 俺は、こんな生活を続けるのなら死んでるのと同じだし、別に、こんな生活にしがみつく理由もない。苦しまなければ、いつ死んでもいいと思っていたので、その場で応募することに承諾した。


 その後、健康診断でOKとなり、施設暮らしが始まった。月に1回ぐらい、なにかの薬を注射され、週に1回ペースで何かの放射線を浴びていた。そして、半年ぐらい個室に閉じ込められ、毎日、検査を受けていた。


 ネットで調べると、このような治験はあるようで、ガンの特効薬の治験かなぐらいの気持ちで日々を過ごしていたんだ。


 最初の説明会だけしか会わなかったけど、被験者は20人ぐらいだった。被験者の年齢はバラバラで、高校生の俺が一番若かったと思う。俺が見たのはいずれも男性で、女性が対象外だったのか、別の施設で実験されていたのかは知らない。


 でも、俺は毎日、なにもしなくても、お腹いっぱい美味しい料理を食べられるし、大学の入学金、授業料と、大学生のときの住居費、毎月10万円のお小遣いも全て出してくれることを確約してもらえた。俺には、夢のような条件に思えた。


 みぞれが降る寒い冬の日に施設にはいったけど、窓から梅、桜がみえて季節の移り変わりが感じられ、つつじ、紫陽花を経て、施設を出たのは、陽が強く照りつける熱い夏だった。


 その後、他の被験者がどうなったかは不明だが、半分は実験の途中で亡くなったという噂も聞いた。でも、あの実験はなんだったんだろう。俺は特に具合が悪くなることなく、ただ終了ですと一言だけ言われて施設から出ることになった。


 でも、施設にいるときは、することがなく、特に体調も悪くはなかったから受験勉強に専念でき、一流の大学に入ることができたんだ。特に、面倒な人間関係がなくて済んだのは良かった。


 そして、大学では、バイトとかする必要もないぐらい政府からお金をもらえたので、勉強にも専念でき、特に苦労なく単位はとれた。そんな中で、近くの女子大生とグループで飲みに行き、翠と出会った。


 翠の親はお金持ちで、この女性と一緒になれば、世の中でのし上がる一歩になると思って付き合い始めたというのは否定しない。でも、付き合っていくと、翠に心が惹かれている俺がいた。


 翠は、いつも輝いていた。女性と交際したことがない俺にとって、どう接していいかわからなかったけど、なにもしなくても、いつも笑顔で、俺に語りかけてくれた。そんな翠だったから、俺は、何も気にすることなく、翠に接することができたんだ。


 翠は俺のことが好きだ。間違いないと思い、ある夜、一緒に飲んだあと、ホテルに誘って、翠を抱いた。朝、起きた時に、翠は涙を流しながら、笑顔で目覚めた俺を見つめていた。俺は、昨晩のことは間違っていなかったと確信した。


 翠は、ベットの中で、胸が小さいことがコンプレックスで、こんな私でごめんなさいとつぶやいた。俺は、そんなことは気にしなくても、翠には素敵な所がいっぱいあるというと、嬉しそうに、俺に顔を埋めてきたんだ。


 それから、翠は頻繁に俺のワンルームマンションに来るようになり、キッチンとは呼べないような小さな空間で一緒に料理を作ったり、ベットに座りながら一緒に映画をみたりと楽しい日々を過ごした。


 翠は、まだ大学生だったからだと思うが、毎晩、自宅に帰っていった。でも、昼は、遊園地とかで待ち合わせをして遊び、一緒に夕方に家に帰り、一緒に部屋で食事してと、同棲しているような、楽しい日々が続いた。


 その頃だったと思う。俺は大学で国際政治を専攻していて、大きくは、自ら戦わないと宣言をして、いかに平和な関係を構築するのかという流れと、戦争を仕掛けられることを前提に、対抗するためにどうするのかという流れがあったように思う。


 俺は、後者の先生につき、多くの人たちとの交流を持った。そして、怪しげなグループとの議論も重ねた。よくやっていたのは、横にあるアジア最大の国の軍拡状況を踏まえて、同盟国との連携方法、日本の対応戦略をゲーム理論でディベートするというものだった。


 そこで知り合った先輩が、俺に荷物を手渡し、指定した所に運ぶというアルバイトを持ちかけてきた。中身は何なのかは知らないが、それなりに高額のアルバイト料がもらえたので、それ以上の詮索はせずに、受けることにしたんだ。


 ニュースでは、最近、都内でも小規模、というより特定の個人だけを狙った爆破事件が起きており、物騒な世の中になったものだと思っていたけど、もしかしたら俺が運んでいるのは、爆弾じゃないかと思ったこともある。


 でも、俺みたいな素人に、そんなことをさせないだろうと勝手に思い込んでいた。


 あるとき、その先輩が、この爆破事件は、どうやら政府が秘密裏に人体実験をしていて、それに失敗した人で、実験している施設から出た人を殺害しているらしんだよねと同期の人と話しているのを聞いた。


 人体実験って、俺が受けたやつか? 確かめようがなかったが、俺は何もなく実験は終了しているんだから、先輩が言っていることが正しくても、殺害される理由がないと勝手に思っていた。


 そんな闇バイトをしながらも、私生活は翠との幸せな日々が続いていた。


 ただ、初めて翠と体を重ねてから3ヶ月ぐらい経った頃だろうか、翠から妊娠したと深刻な顔をして相談された。お互いに大学生なのに、子供がいるなんてことになったら退学になるかもしれない。


 俺は、翠との子供は欲しかったが、合理的に考えると堕ろすしかないだろうと伝えると、翠はうなづき、床にしゃがみこんで泣いていた。そんな姿をみて、やっぱり2人で育てようと言いたかったけど、これからの将来が不安で言い出せなかった。


 でも、奇妙なことが起こったんだ。翠から相談があった日から、急激に翠のお腹は大きくなった。それから1ヶ月しか経っていないのに、もう臨月のような大きさだった。翠は、体調が悪いと嘘を言って休学をし、親が手配した病院に入院したと聞いた。


 そして、翠の親が俺の所に来て、いろいろと聞いてきた。俺は、責任を感じ、お詫びばかりしていたが、これまでのことも正直に話し、翠と結婚させてほしいと伝えた。


 しかし、翠の親は高校の時の人体実験について一番関心を示した。そして、どこでいつ、人体実験を受けたのか聞かれて答えると、すぐに去っていった。


 たしかに、のし上がるために翠の財産は魅力的で、そこから付き合ったことは認める。だけど、日々、付き合うことで、翠のことが好きになっていたのは間違いがない。これからも、翠と一緒にいたい。


 でも、翠の体を傷つけてしまったのは俺だ。これからも、翠が俺のことを慕ってくれるか不安な気持ちでいっぱいだった。


 そんなことを考えながら道を歩いているとき、工事中の建物から、俺の頭に鉄パイプが何本も落ちてきて、俺の意識は遠のいていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る