悪夢
一宮 沙耶
第1話 廃校
「殺される。逃げないと。」
三日月の夜、薄っすらと窓から光が入ってくる、荒れ果てた小学校の校舎の中を私は1人で逃げていたの。割れた窓ガラスが散乱する廊下を走っている。廊下の先は壁となり、右へ、左へ、どちらに行ったら助かるの?
右には遠くに明かりが見えるけど、私を殺そうとする人がいるかもしれない。左に向かって走ることにした。
恐怖で足が思ったように動かない。鳥肌がたち、体が凍りついたみたいに重い。でも、逃げないと。
どうして、私はここにいるの? さっき、廊下を走っている時に、床にあった箱につまづき、ガラスで腕と膝を切ってしまって痛い。足の裏も、さっきからガラスで傷だらけなの。でも、そんなことを気にしていたら殺される。逃げないと。
殺気がすぐ後ろまで迫ってきてる。目には見えないけど、気配を感じる。どうしよう。もう体力が限界に来ている。
息が乱れているけど、見つかるから音はあまり出せない。もう、足は、傷だらけで血が止まらない。服にも、いろいろなところから血がにじみ出てる。
やっと校庭にでることができたわ。目の前には、大きな体育館があり、私は、その壁の影にかがみ込み隠れたの。少し休まないと、これ以上、走れない。もう、息が苦しい。
砂利のうえを歩く音がし、誰かが私に近づいてくるわ。どうしよう。このまま、息を潜めていたほうがいいのかしら。それとも、走って逃げたほうが・・・。
もう、すぐそこにいる。これ以上、ここに隠れていたら、見つかって殺されてしまう。私は、最大限の力を振り絞り、そこから走って逃げた。
でも、追ってくる男の人の速さには逃げ切れなかったの。そして、私は、振り下ろされる包丁で、後ろから切りつけられ、地面に倒れて動くことができなくなった。
そして、長い間、私の死体は見つかることなく、腐っていった。
私は、自分の顔が半分腐って目玉が顔からぽろりと落ちるのを見て悲鳴をあげ、深夜2時過ぎに、ベットの上にいる自分に気づいた。汗びっちょりで。どうして、毎晩、こんな悪夢をみるのかしら。なにも、悪いことしていないのに。
怖くて、すぐには眠ることもできず、温めたミルクを少し飲み、高層階のマンションのベランダから東京の夜景を眺め、落ち着くことにした。
そして、あれは夢に過ぎないと自分に言い聞かせ、また眠りにつくことにしたの。
けたたましいアラームの音で目が覚めた。もう朝なのね。起きて、仕事を始めないと。私は、ベーコンの上にたまごを載せ、フライパンで朝食を作った。そして、カフェオレとともに、朝食を食べ、部屋のパソコンで仕事を始めた。
私は、日本では誰もが知っている業界トップの広告代理店で、顧客の新商品をアピールする宣伝の企画を制作している。まだ若手なので、大型企画というよりは、チョコレートとかの新商品について、ネットでの広告をどうするかというものが多いかな。
今は、キャッチコピーもほとんどは生成AIで作成して、人は、最後のチェックをするぐらい。だから、私がすることは、顧客が、この商品で何を一番大切にしているのか、どんな人に買ってほしいかなどといったコンセプトを交通整理して、AIに伝えること。
今日も、朝から顧客とのリモート会議がセットされているわね。さすがに一番最初のミーティングだから顔出しにしないとと思ってメイクはしっかりとした。
朝から忙しく、忘れていたけど、どうして、毎晩、あんな怖い夢をみるのかしら。あの校舎は、田舎の過疎地で子供がいなくなって廃校になったような感じだったけど、私は、そんな過疎地で子供時代を過ごしていない。
私を刺した、あの男性の顔はみることができていないけど、私は殺されるようなやましい
気持ちなんてない。むしろ、人からは感謝されているぐらいだと思う。
お昼休みに、ネットでこんな夢って検索してみると、あなたは日頃の仕事に急かされ、そのストレスで、殺人者に追われる夢をみているんじゃないかと。
でも、今の仕事はそんなに期限が短くて、ストレスがあるものではないわよね。先輩とかは、映像が納期に間に合わないとか、忙しそうだけど、私は、まだ、案件に着手したばかりの工程で、どんな宣伝になるか顧客と時間をかけて会話を楽しんでる、そんな感じだもの。
これまでの生活も、ごく平凡って感じ。高校は女子校で、大学も女子大。友達と、会話を合わせて、適当に笑顔をつくり、適当に周りの人と話しを合わせてた。そんな風で、人とは深く関わってこなかったの。みんなも、そんなもんでしょう。
そして、広告代理店に入社した。最初は、研修ということで半年ぐらいオフィスに通ってたけど、それ以降は、ほとんどがリモート勤務で、会社のオフィスに行くのはチームの連絡会議がある週に1日ぐらい。
あとは、週に2回ぐらい、友人と一緒に飲みに行っている。仕事が終わったら夕方に家を出て、夜中に帰ってくるって感じかな。それ以外は、何もなければ、ずっと自分の部屋で暮らしている。
親は、それなりのお金持ちだから、高層マンションの1室を買ってくれた。このマンションで同じフロアーの人は、外国から駐在で日本に来ているような人が多く、近所付き合いとかはないし、壁も防音なのか、お隣の音は全く聞こえないから近所トラブルはない。
だから、ストレスとかないし、人に殺されると恐れるほど、やましい気持ちもない。私は、窓から陽の光が燦々と差し込む部屋で、午後の仕事を始めた。
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