第6.5話 間幕 Side Tia

 ――目を覚ました私の目に入ったのは、鬱蒼と茂る木々と、その隙間から覗く不気味な紫雲。


 いつ頃からあの雲が空を埋め尽くしだしたのかは覚えていないけど、魔王による人間界侵攻が原因だとはハッキリ分かる。


「ぐへへへへ! もっとおくれ‼︎ 濃くて不味い猛毒ちょーだい‼︎」


 耳に届いた狂気の声に顔だけで振り向く。

 そこにはこの森や空の色よりさらに不気味な光景が広がっていた。


「アル……じゃなくてリュート…………え、なにあれ……」


 一瞬間違えた。だけど間違えるなという方が無理がある。アルクの体に入り込み、アルクによく似た匂いを発するリュート。

 それは体の匂いもそうだけど、なんというかもっと根本的な部分がそっくりなのだ。


 だけどやはり別人なんだろう。

 次々と魔力を帯びた木に噛みつき、嬉々としてその魔力を吸い込む変態っぷりは、アルクにはなかった。


(助けられちゃったな。…………ううん、そういえばリュートって、なんだかんだ私のワガママを全部聞いてくれてるんだよね。……今はあんなだけど、本当はすごく優しい人なのかも)


 リュートが元いた世界のことは聞いた。魔法も魔力もない平和な、だけどこの世界と同じで理不尽な悲しみが牙を向いてくる世界。

 彼はそこで生きる希望を失い、自分で命を絶ったと。


 アルクになったリュートは、最初すぐに死のうとした。


『……やっと死ねたのに…………もう楽に、今度こそ無にしてくれ…………ッ』


 意味が分からなかった。強くなるために必死に――死ぬ気になるんじゃなく、ただただ死んで消えることが目的という考えが。

 そんなの聞いたことがない。この世界の人々は生きるため、強くなるために死にそうな修行をするんだから。


 ……きっと生きてきた世界が違うんだろう。死生観がまるで別物なんだろう。


 だけどそれだけであんな途方もない、まるで無限に噴き出す火山のような魔力を得られるなんて信じられないし、あの不死身と言われても信じてしまいそうな肉体も絶対におかしい。


 唯一分かるのは、リュートの魂が悲鳴を上げていることだけ。


 

 

 ――――そんな彼を無理やり連れ出した。

 悲しみに暮れ、自分に刃物を突き立て、その度に絶望に泣く彼を。


 悲しかったのだ。自分で命を絶とうとするアルクの姿が。


 哀しかったのだ。そんな彼を見て胸を傷めるアルクの両親の姿が。


 悔しかったのだ。嘆き嗚咽する彼に、何もしてあげられない無力な自分が。


 

 全部私のわがまま。


 望まれなくても、勝手に彼の力になりたいと思ってしまった。


 哀しむ彼に、少しでも笑ってほしいと思ってしまった。




 ――――そして今。


「ぐひひひへふへへへ! 次だぁ! 当たりはどこかなぁ⁉︎」


 なにかの中毒のように歪んだ笑い声を上げるリュートを眺め、私はポツリと呟いた。


「…………あの笑い方は絶対違う」

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