第6話 最初の依頼とバキューム乱舞
『ボスデソの森』
イコーイの街の東に広がる広大な森であり、鬱蒼とした木々と、それに擬態したフォレストゴレムが冒険者を襲う魔の森らしい。
そんな森の獣道を歩きながら、俺は前をアルクティアに話しかけた。
「――――なあティア。最初の依頼がここのボスから採れる『万年の枝木』ってのはちょぉっと難易度高くね?」
「そんなことないわよ。フォレストゴレムって言ってもきっと木みたいなものでしょ? それに成功報酬の金貨10枚は破格よ? それだけあれば大抵の装備と荷台付きのヌートンも買えるし、リュートの嫌がる歩き旅ともオサラバできるのよ?」
「まあ確かにそうだけど……」
その言葉に何も言い返せなくなる。
この世界の貨幣は金貨、銀貨、銅貨の3種であり、市場を調べたところ大体の食糧は銀貨2〜3枚、装備は金貨1〜2枚もあれば大抵買い揃えられるらしい。
そしてヌートンという獣。人懐っこく力も強い大型のヌウを思わせるその獣は、確かに長旅には必須だろう。
餌もそこらの雑草と大気中のマナで事足りるらしいソレは、この世界の移動手段の大部分を占めている。
「これで移動は楽になるか。だけどそれでも何年かかる? 魔界までの船もないだろうし……。てかなんで魔王を倒しにいく思考にシフトしてんだよ。もっと簡単に死ぬ方法くらいあるだろ…………」
「なにをぶつぶつ言ってるのよリュート? それよりほら、もう少し先にマナが濃い場所がありそうよ? しゃきしゃき歩いて」
「ティアは相変わらずやる気と元気に満ち溢れてるな」
「当然よ。気合いと根性、そしてやる気と勇気。この4つを常に持てってアルクが言ってたもの」
「どこの修造だよ……」
完全に熱血漫画の世界観だ。というか昭和のスポ根だ。
アルクがどんな奴だったかなんとなく想像が付く。綺麗な顔の割にさぞ熱苦しい奴だったんだろう。
(……にしても、ティアはアルクが好きだったって言ってた割にあんま落ち込んだ所を見せないよなぁ。別に泣き顔を見たいわけじゃないけど、案外受け入れられるものなのか?)
「なあティア」
ふと湧いた疑問。それを聞こうと話しかける。
「ん? どうしたのリュート?」
「…………いや、やっぱなんでもない」
「なによ? 気になるじゃない」
だがその先は聞けなかった。なんて聞けばいいか分からないし、わざわざティアの心を抉るなんて悪趣味が過ぎると気付いたのだ。
「いや、俺の気の迷いだ。――――それはそうと、さっきからティアの足に絡みついてる木の根っこ……いつ取るんだ?」
「へ? なに言って…………きゃああああっ⁉︎」
「うおっ⁉︎」
いきなり叫ばれてビックリした。この森に入ってからいつの間にか絡みついてた木の根、てっきり森ガール的なファッションに目覚めたと思ったが違うらしい。
「なによこの根っこ⁉︎ フレアッ! フレアバーストッ‼︎ ――――んなっ⁉︎ なんで燃えないのよ⁉︎ ってきゃあああああッ‼︎」
「おー……」
慌てたティアが炎熱魔法とその上位互換らしい爆発魔法を放つが、根が燃える様子はない。むしろティアの魔法を構成する魔力そのものを吸っているらしく、みるみる根の太さが増していく。
そしてその太く力強くなった根はティアを軽々と持ち上げ、空中で逆さ吊りにしてしまった。
(見えた、白! …………じゃなくてどうしよ。あれはフォレストゴレムの根? 魔法は効かないっぽいし初見殺し感がエグいな。まあ俺は魔法なんて使えないけど)
「ちょっとリュート⁉︎ 見てないで助けてよ‼︎」
スカートを必死に抑えながらティアが無茶な注文を出してくる。それでもチラチラ白いパンツが見えてるし瑞々しい太ももを凝視してしまう。
「もう少し俺の記憶に刻み付けてからでもいい?」
「今すぐに決まってるでしょっ⁉︎」
「ぐぬぬ……」
(……さてどうすりゃいい? ティアは5メートルは上がってる。まず俺の背じゃ届かない。オマケにティアの魔力を直接吸ってるっぽいな。根がドクドク脈打ってら。………………うーん、よし)
根が突き出している地面はすぐ見つかった。地面が隆起し、根と同じく脈打っている。
とりあえずその根本、今では根というより木の幹くらいの太さになったソレを掴んでみる。
「昔あっくんとよく木登りしたなぁ。こいつはゴツゴツしてて登りやすそうだ」
そのまま両手、両足を根に預けよじ登る。アルクが鍛えてくれていたお陰か、はたまた俺の身体能力が爆上がりしてるのか分からないが、異様に体が軽く感じる。
「おーいティア、もうちょっと待ってろよー」
「は、早く、なんか体中から力が抜けてきたんだけど……」
どうやら割と危ないらしい。
急いで手足を動かす。やはり体は軽く、腕の力もかなり――いや、まじで強い。下手したら指先だけで全体重を支えられそうだ。
それに加えどうせ落ちても死ねないという自負と諦めが、俺の体をさらに押し進めた。
「よっティア。とりあえず来たけどどしたらいいの?」
「…………けて……」
「え、やば。ままま待ってろ、い、今助けるるるるっ」
グッタリとしたティアに焦りが芽生える。もはやスカートを抑える手も落ちそうだ。
「とりあえず力づくで引っ張ってみるか」
ティアに絡みついた根を引っ張ってみる。だが少し引っ張るとティアを捕らえた根がさらに食い込んでいく。
「……ってのは冗談で、思いっきり叩いてみるか」
今度は自分が乗っている辺りの根に拳を振り下ろしてみた。
その瞬間――――。
ボギャアアアアアッッ‼︎‼︎
「――――へっ?」
今まで聞いたこともない大気全てが震える衝撃音と共に、脈打っていた根は粉々に――どころか、目で見えないほどの塵になり消滅した。
殴った俺自身が理解できない結果に目が点になる。
だが地面に落下していく白パンツが目に入り、残った根を足蹴に体を加速させた。
「――――ふぅ、セーフ。大丈夫かティア?」
「なん、とか……」
どうにかティアを空中でキャッチ成功。着地も驚くほどバッチリ決まった。人間死ぬ気になればなんとかなるもんらしい。できたら俺だけ頭から着地して死にたかったけど。
と、そんなこと考える前にティアに襲いかかった根に視線を移す。
流石に植物らしく痛覚なんて持ち合わせてないらしい。またティアを探して蠢いている。
「悪い、ちょっと待ってろ」
まだグッタリしてるティアを地面に横たえる。そして蠢く根を両手でガッチリ捕まえてみた。
(ほっといたら再生する気がするなこいつ。このまま大きなカブみたいに本体を引っ張り出すか? ――いや待てよ?)
少し閃いた。さっきこいつはティアの魔力を吸っていた。だったら逆にこいつの魔力を吸ってみたらどうなるのかと。
思いつくまま根に噛み付いてみる。多分本気で噛んだら砕けそうだから甘噛み程度に。
そして――――。
「ぢゅるるるるるるッ」
とりあえず吸ってみた。途端に口の中に広がる墨汁とシナモンを混ぜたような味。
ハッキリ言ってクソ不味い。多分こんなの飲み込む奴は自殺志願者しかいないだろう。つまり俺だ。
「ぐへへへへへ。まじぃまじぃ! もっとだ、もっとくれよぉおお! ヒ素でも硫化水素でもなんでもいいからよお‼︎」
根が震えだした。というか明らかに怯えだした。少し可愛く思えるが逃さず吸い続ける。
「んあっ? もう出ねえのか⁉︎ おい甘えんな! まだ出せるだろお前! そぅれ、ぢゅーるるるるるるっ‼︎」
それで閉店だったらしい。素晴らしい毒味を提供してくれた根は、もはや見る影もなく枯れ果ててしまった。
それと同時にすぐ近くでバシュゥゥッ! と何かが弾ける音がした。顔を上げると10メートル程先にあった大きな木が淡く光り、完全に朽ち果てている。
どうやらあの枯れ木がフォレストゴレムという魔物だったらしい。
「まじか、見た目完全に木かよ。ゴーレム要素ゼロじゃん。こんなのどう見分けたらいいんだ?」
辺りの木々に目を凝らす。同じような木がたくさん生えてるが、やはり見た目はどれも同じようにしか見えない。
だがそこで気が付いた。
同じように見える木の中に、微かに魔力を帯びた木が何本か混じっている。
(……あれっぽいな。てか今さらだけど俺、なんか魔力ってのは目で視えるんだよな。前世で視力だけは良かったからか?)
その答えは分からないが、今見据えた木に近付いていく。すると一見ただの木にしか見えなかったソレは、ビクリと動いた気がした。
「ふへへへ、見つけたぜベイビー。もう離さないぜ?」
しがみ付く。そのままさっきの要領で甘噛みとバキュームをしてみる。するとすぐに毒毒しい味が口の中に広がった。
「ふぅー! これこれぇ! 特別ヤバいのを頼むぜえええ‼︎」
死が迫ってくるような味。それに比例してみるみる枯れていく大木。
だがやはり俺の願いは叶わず、今度はすぐ目の前でバシュゥゥッ! と音が鳴り、淡い光が俺ごと包んだ。
「…………まだだ。諦めるな俺。毒毒ゴレムさんはまだこれだけいるんだ……なぁ?」
途端に震え上がる木々。それらをニンマリと眺め、俺のバキューム乱舞は始まった――――。
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