第3話 やっぱりデバフかけようとしてくる

 ――――わいわいがやがやと賑わう食堂『メシウマ』。

 いかにも冒険者といった風貌の連中や、山賊や盗賊と言われた方がしっくりくる格好の者達が、それぞれのテーブルを囲い、その上に運ばれた料理と酒をがっついている。


 そんな喧騒にも似た雰囲気の中、俺とティアが囲むテーブルは、明らかに二人前以上のご馳走で埋め尽くされていた。


「これが最期の晩餐か……」

「縁起でもないこと言わないで。魔王討伐の旅は始まったばかりよ!」

「いや、何度も言ったけどほんとにそういうの興味ないから。俺はただ静かに死にたいだけなんだって……」


 と言いつつ転生(?)した村――スタト村を離れたのは、この白髪亜人美少女に強引に連れ出されたからだ。


 なんでティアがそこまで魔王討伐をしたいのかがイマイチ分からない。

 俺の幼馴染ということは、スタト村はティアにとっても故郷のはずだ。そこからいつ終わるのかも分からない旅に出るなんてよほどの理由があるんだろう。あまり興味はないけど。


 するとまるで俺の心を読んだかのようにティアが口を開いた。


「――リュートは知らないだろうけど、私はあの村出身じゃ……ううん、人間界の出身ですらないの。見ての通り私は水晶龍の末裔。人間より魔物や神獣に近い種族……って村を出る時に言ったわよね?」

「すまんまじで覚えてない。多分死ぬ方法考えてた」

「………………全身引き裂くぞ」

「ひえっ」


 死より恐ろしい圧を感じた。


「……それでね、私の生まれ故郷は侵攻してきた魔王軍に破壊され尽くしたの。もちろん故郷だけじゃない、友達も両親も、みんなこのマナクリスタルを奪われて殺されたわ」


 ティアが自分の頭の水晶を触りながら続ける。


「そして私はなんとか1人だけ逃げのびて、アルクの住むスタト村の近くで気を失ってたの。…………それから5年、私はアルク一家に拾われて、まるで本当の娘みたいに育ててもらったわ」

「…………そうか」


(流石にこんな過去話の途中で茶々を入れるほど馬鹿じゃない。今度は真面目に聞こう。だって怖いし)


「まだ平和に見える人間界だけど、魔王の手は確実に迫ってる。それを危惧したリュートは人間界の未来と……多分私のためにも……魔王を倒そうとしてくれてたんだと思う」


 そこで話が終わったらしい。俺に真っ直ぐな目を向けたティアは、なみなみと飲み物が注がれたグラスを口に運んだ。


(なるほど。つまり幼馴染っていうより兄妹に近い存在だったのか。多分そのせいでアルクはティアのことを異性として見てなかったんだろうな)


「なあティア、魔界ってのはここからどれくらい離れてるんだ? 地図とか持ってね?」

「――はい地図。今私達がいる街はここ。モラリア大陸の北西部。それで魔界はこの1番下の大陸よ」


 ティアが道具袋から世界地図らしきものを取り出すと、テーブルの上の料理を器用にどかしてスペースを作った。


 その地図が記す大陸の形はやはり地球とは違う。多少似ている部分はあるが、5つある大きな大陸は明らかに形が異なっている。

 そしてティアが指で指した現在地――地球で言えばヨーロッパの端っこは、魔界と呼ばれる南極の位置から死ぬほど離れている。

 仮にこの星が地球と同じくらいのサイズだとしたら、徒歩でそこを目指すのは不可能だろう。


「えーっとティアさん? どうやって魔界まで行くつもりで?」

「気合いと根性。死ぬ気になればなんでもできるってアルクが言ってたわ」

「…………ヤバい死にそう」


 本当だ。さっきから料理に振り掛けてた猛毒パウダーが効いてきたのかもしれない。意外にも味はイケるが。


「ちょっと待ってくれ。ティアはどうやってスタト村まで逃げてきたんだ? もしかして空を飛べたりする?」


 そこで生まれた疑問をぶつけてみた。水晶龍とやらの末裔なら空を飛べるのか、もしくは龍の姿に変身できるとかならひとっ飛びで魔界に行けそうだ。


 しかしそれを期待する俺に返ってきたのは、なんとも芳しくない返答だった。


「昔はー、龍の姿になれたよー? だけどスタト村で人間として暮らしてるうちにー忘れちゃったー! きゃはははは!」


(……あれ? なにこのテンション? もしかしなくても酔っ払ってね?)


 しかしそれに気付いたのも束の間、ティアよりさらに顔を赤くしたオッサンが俺達の方に近づいてきた。

 右手にはティアが飲んだグラスと同じ物を持ち、左手には漫画のような骨付き肉を握っている。


「おいおい、お二人さん。さっきからなあに辛気臭せぇ顔してんだぁ? よかったらそっちの可愛い嬢ちゃん貸してくれよぉ。こっちは男しかいなくて華がねーんだからよぉ」


(はぁ……どこの世界にもこの手の輩はいるんだな。断ったら面倒くさそうだしどうするべきか……)


「申し訳ないけどこの子は俺の連れ合いなんだ。この猛毒パウダー分けてあげるから手打ちにしてくれないか? ほら、けっこうイケるよ?」

「な、なんだこいつ? そいつぁ魔物避けに使われるゲキコロシじゃねーか! んなもん食ってケロっとしてるなんて、死ぬ気どころの騒ぎじゃねーぞ⁉︎」

「分かりやすい雑魚キャラリアクションありがとう。ほら、あーん」

「や、やめろ馬鹿! 俺は死に急ぎたくねーよ‼︎」


 いとも容易く撃退できてしまった。恐るべしゲキコロシ。

 しかし事態はそう簡単に収まるはずもなかったらしく、慌てて元のテーブルに戻った酔っ払いは、すぐに他の屈強そうな酔っ払いを数人連れてこっちに戻ってきた。


「まだ何か用? みんなでこれシェアしたいの?」

「ちげーよ! よく考えたらそんなもん食うやついるはずねえ! こけおどしだろうテメェ⁉︎ それよりそっちの嬢ちゃんを渡しな! 水晶龍の嬢ちゃんなんて抱いても売っても最高だろうしなぁッ‼︎」

「あら世紀末。どうします奥さん? あなたエッチなことされちゃうざますわよ?」


 だが呼びかけてもティアの反応はない。首をガクリと垂らし、何かボソボソ呟いている。


「…………ひゃ」

「ひゃ?」

「あひゃひゃひゃひゃ! 私を抱いていいのはぁ! アルクだけらああああ! アイシクルウォールッ‼︎‼︎」


 狂気の笑い声を上げたティア。その叫び声と共に放たれた魔力は、驚く男達を一瞬で氷の壁に閉じ込めてしまった。


「おい見ろ! あんな魔法見たことねーぞ⁉︎」

「ありゃ水晶龍じゃねーか⁉︎ 生き残りがいたのか‼︎」

「いやそれより連れの少年の魔力はなんだ⁉︎ あんな人間見たことねーぞ⁉︎ ドMが過ぎるだろ‼︎」


(マズい、騒ぎが大きくなりすぎた。ここは早く宿に戻ろう)


 狂ったように笑うティアの手を強引に引き店を後にする。あのおっさん達は誰かが助けてくれるだろう、知らんけど。


「あひゃひゃひゃ! …………あれアルク? 生き返ったの? じゃあ私にキスしてよ!」

「だから仲間にデバフかけようとするなよ……」


 満月が照らす夜道を走りながら、俺はこれからのことを考え死にたくなった――――。 


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