第2話 仲間の美少女がデバフかけようとしてくる
死ぬ気で。死を賭して。命懸けで。
自分の命を犠牲にしてでも願望を叶えたい時に使う言葉はいくつもある。
だが俺――結城流斗(ゆうきりゅうと)の場合はただただ死にたかった。
なにも命を軽んじるつもりはないし、俺を産んでくれた両親を憎んでいるわけでもない。
ただ少し……いや、かなり不運が重なり、生きる意味と希望を失ってしまったのだ。
それは初めてできた彼女が実は男だったと知ったことや、あまつさえ逆に俺の初めてを奪われたこと、上司の億を超える発注ミスの責任を押し付けられたし、唯一の心の拠り所だった子犬のロンが、目の前で車にぺしゃんこにされたりと、あの世界の全てが俺に牙を向いていたのだ。
――――気付けば職場のビルから飛び降りていた。
遺書を書くのも面倒だったし、クソ上司に対する報復も多少だがあった。
多分――いや、間違いなく俺の人生で1番勇気を出した行動だった。
しかし俺の願いが叶うことはなく、気が付いたらこの世界――魔法や魔物というモノが実在するRPGゲームのような世界『アルガルズ』に来てしまっていたのだ。
しかも異世界転生とか異世界召喚ではなく、まだ若く、顔立ちの整った金髪少年の体を乗っ取るという大変不本意で申し訳なさしか感じないカタチでだ。
――そして俺の手を引っ張って歩く、さっき俺の顔を燃やした美少女は、俺が乗っ取ってしまった少年の幼馴染らしい。
「――あー、ティア? 俺ほんとに魔王とかそういうの興味ないんだけど。それよりどうやったら死ねるか一緒に考えてほし……」
「だーかーら! 何度も教えたでしょ⁉︎ リュートが元いた世界は知らないけど、ここでは死ぬ気になるほど強くなるの! 体はオリハルコンより頑丈になるし力と魔力だって際限なく強くなる。オマケに毒や病気に対しても抵抗力が高まるから、皆死ぬ気を上げる為に努力してるのよ? アルクだって……その為に頑張ってたのに…………ぐすっ」
ティアの手が震えている。それもそのはずだ。だってこの体の元の持ち主だったアルクという少年は、魔王を倒す為に修行していたとか。
その修行の一環。体に毒を盛った状態で三日三晩大きな岩を持ち上げ続けるという、修行僧やボディービルダーでもしないようなドM修行をしていて亡くなったとか。
そしてその魂が抜け落ち、火葬される直前で俺の魂が入り込んでしまったらしい。こう言ったら悪いが、なんとも傍迷惑な話だ。
しかもさらに迷惑なのが、死ぬ気になるほど強くなるというこの世界の馬鹿みたいな仕様だ。
――――自分から死に向かう生き物は存在しない。
それゆえその本来生物としての行動原理に反するほど世界の理から外れ、生き物として進化を遂げるらしい。
だったら俺みたいに自殺したい人間がとっくに魔王とやらを倒していそうだが、どうもこの世界の人々は性根が前向きというか、自ら死ぬより魔王や魔物に一矢報いたいという思考が一般的らしい。
「俺が言えることじゃないけど元気出せよティア。アルクだって君みたいな美少女に想われてきっと幸せだったよ」
「だ、誰がアルクのことなんて! ………………ううん、その通りよ。私はアルクが好きだった。強くて、カッコよくて、私みたいな亜人にも優しく接してくれたアルクが大好きだった。…………アルクは私に興味なかったみたいだけど」
「ティア……」
湿っぽい雰囲気になった。こういうのは苦手だ。ジトジトに湿っぽいのは俺の心だけで十分だ。
「だからこそよ! アルクが死んじゃったと思ったら、とんでもない魔力を宿して復活した。中身はどうあれ、きっとこれはアルクの遺志なのよ。そこにリュートの意思は関係ない。お願いリュート。魔王を倒して世界に平和を取り戻して!」
「俺の意思は関係ないのかよ……」
「どうせ死ぬつもりならついでにお願い」
「魔王討伐がついでかよ……」
手を握られる。そこで俺を見上げる美少女を、まじまじと観察してしまう。
さっき言ったように背中まで伸びた綺麗な白髪。側頭部から生えた虹色の水晶でできたツノ。ルビーのように美しい真紅の瞳。俺より少し背の低いしなやかな体。ティアのイメージを具現化したような、純白で薄手のワンピース。
ハッキリ言ってめちゃくちゃ可愛いし、まだ慎ましい胸にもつい目線がいってしまう。
そんな俺に気付いたらしく、ティアが胸元を手で隠しながら呟いた。
「…………小さいけど、魔王を倒せたら触らせてあげる」
「仲間にデバフはダメだろ。それと成長性Sランクと見た」
「なにいってるの?」
「好きに解釈してくれ」
そんなやり取りをしていた俺達に、さっき悲鳴を上げ、祈るように跪いていた人達が駆け寄ってきた。
「あ、アンタ! お陰であの恐ろしい魔物の群れを撃退できた! せめてもの礼に、この街『イコーイ』で好きなだけ休んでってくれ! もちろん飯も宿もタダでいいからよぉ!」
ティアと顔を見合わせる。
そんなつもりは毛頭なかったが、せっかくだから甘えることにしよう。
「それじゃ猛毒盛り盛りで一発コロリできるのをお願いしても?」
「わ、私は普通のでお願い!」
死を求める俺達の旅は、まだ始まったばかりである――――。
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