第11話:Room11

 Room11。恒例化してきた徘徊少女のトロール網には一匹も掛からないので、内省を以て余情に味付けすることにした。大学での学びを決定打として他者に対する拘りを捨てた自分は、鍛え上げた能面に可愛らしい薄膜を貼付した。誰が隣に座ろうと体温の不快感以外は大目に見遣る中、能楽師の舞台上に一人の同僚が名乗りを上げた。彼は脱意識化された飲み会のルーティンの中でこの薄膜に恋文を咲かせ、控除を目的に付き合い始めたが家事の分散やフレックスを利用した宅配便の受け答え等、同棲生活には様々な利益があることに気が付いた。結局精神医学の解説書は良薬にも劇薬にもならず、仕事量に絞殺される将来を察して自分の歩む道はこれで良いのかと疑問を抱いた。だから辞めちまえと連呼してきた上司の希望通りに退職し、パート生活へのジョブチェンジを機に都心から離れた夫の職場付近へ引越し、三十路を過ぎる頃には四人の子どもを産み終えた。郷愁の香らない遺影だけを残して早々と逝去した両親と同じように、こんな自分でも所帯を抱えるまで至った。学校や職場から得た知識はどれも中途半端に終わったが、中途半端な人間こそが最も幸せなのだと思う。自分のやりたいことを見つけろ、究めろ、没頭しろと馬鹿の一つ覚えのような台詞を世間は吐くが、何かを究めた奴に限ってつまらなそうな表情をしているじゃないか。プラグマティズムは全く以て正義ではないから。

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