第9話:Room9

 Room9。「おーい、聞こえていますかぁ?」一対一では初対面となる弥生の垢抜けない挑発には「聞こえてしかいません」正直な気持ちを答えると「返事が無いから首でも吊ったのかと思った」声質とは裏腹に物騒なアイデアを寄越してきた。「考え事をしていまして」眺める白壁からは「何を考えていたの?」弥生より落ち着いた大人らしい色気のある声が伝播する。隣人と同じく色を嫌う彼女を文字として象徴化すれば日和ひより、視えないが触れるし聴こえる星からの来訪者、言うなればあたしと弥生を加算して二分の一を掛けたような存在。入室時には既に弥生と打ち解けており、声優仲間かと油断して伸ばした脚が彼女の輪郭を「あはん」となぞったので、折角なら「この辺りがモントゴメリー腺ですかね」如月や弥生では絶妙に味わえなかったハラスメントの背徳感を狙うと「あはは、何やら君は変態だね。もっと触っても良いけど?」意想外に乗り気だったので却って委縮し、如月との大切なインターフェースを秘部に捧げるのは止めようと思った。そんな卑しさとは程遠い考え事の中身を二人にも話してみれば「突拍子も無い話だけど確かに頷けるわ。主人公はあんたなのね」弥生がふむふむと頷く内容は屠殺した家畜の血より赤い他人のライフログではなく、その他人が推察したこの世界のシステムについてだった。仮説の妥当さは次の部屋でも確かめるとして「ところで如月先輩にはいつ会える?」弥生は頻りと無色の他人を想う。そろそろ会えると思いますよ、と伝えれば「きっと王子様みたいな低めの周波数で、側面摩擦音が強調されるような話し方で……」比喩なのか妄想なのか判別付かない願いを込めて吐息をつく。「喋れないのに会いたくなるものですか?」死んだ親に会いたいかと言えばかぶりを振る不孝者とは異なり、「先輩の近くに居ると胸が高鳴るのよ。ワタシにもよく分からないけど」透明に結ばれた絆において水零や日和の入り込む余地は無く、愛は次元を超えることが証明された。

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