第4話:Room4

 Room4。勿論不意に病室の長い待ち時間を焦がれた訳ではない。心療内科の門戸を叩いた理由の一つには友人関係の縺れがある。岐阜生まれで家も貧しかったあたしは小学生時代から図書館でルイス・キャロルやバートランド・ラッセルを読む程度のただ大人しい子という印象を醸し出し、あらゆる場面で中央値的な振る舞いを取るよう心掛けた。当初は喜色に彩られた無表情が経年劣化で見透かされた際には小突き合いの喧嘩から構造的な虐めに発展し、認知症で視えるはずのモノさえ視えない教師は当てにならず、周囲の視線が手元に注がれるのも時間の問題だった。薄ぼけた記憶と何も映らない映像を早送りしようとした時、「……あれ、ここに何かいる」空中から触れる何かが現れた。壁の奥行きを勘違いしたかと思えた手応えからは初めて洗濯した子供服のような布擦れが起こり、透明性のある彫刻はあたしと同じような輪郭を能動的に動かしていた。肩の辺りからなぞる中心には二つの丘が膨らみ、幻触にしては確かな痙攣を感じた後、右手を奪われてその平が指のような指揮棒に撫でられる。初めて出会った透明人間の筆致が手書き文字であることに気付くと、『わたしの名前は如月きさらぎ。よく分からないけどこの部屋に来た』と経緯を説明し、名を呼ばれる程親しくする予定の無いあたしは思わず緘黙し手を離した。

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