第3話:Room3

 Room3。三番目の部屋も空白に占拠されていた。無の憧憬が一般的ではないと知ったのは教育という名の洗脳を受けてからで、与えられた課題を捌くのは得意だったが休み時間の遊戯や自由時間の工作等は何をしたらいいのか分からず只管読書に耽っていた。無数にある選択肢の中で一つの道を究めることは生産的だと思われがちだが単なる個体の趣味嗜好に過ぎず、初めから選択を諦めた方が賢い。元を質せば生まれてきたこと自体が間違いなのだけど幼稚園の先生に殴られて以来は口にしないよう心掛けている。医者とカウンセラーはその点理解がある、あるいは理解する気が更々無いので「時々そういう方もいらっしゃいますね」と慣れた応対で終わる。当初は無害に思えていた「はぁ」「そうですか」というモノトーンな返事も次第に応答のあることそれ自体が不快感を催し、精神薬漬けで張りのある毎日から遠ざかった。現実逃避先も一つの現実に過ぎないこと、病室の心理士も赤の他人であること、自分の中の他人を殺さなければ平穏は訪れないこと、これからアサイラムへ向かう若人達への忠告だ。明朝体に埋没するこの部屋はあたしの精神をケアして止まない、そうして適当に呟いた独り言が壁際で反響したような気がした。

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