第6話 彼女が幽霊になった日のこと
それは
いまだ頭の中を整理できず落ちるように眠ったその日の夜中、耳元で声がすると思い、目を開けると目の前には優しい表情で
『――あっ、起きた!』
嬉しそうにはにかむ美波に大雅は最初、夢だと思った。
切望しすぎるが故に夢の中で現れた幻だと思った。
――くそっ! そんな幻なら、早く消えてくれ! 変な希望を抱かせないでくれ!
開いた瞳を閉じ、枕に顔を埋める。
『あっ、ちょっと⁉ 何でまた寝ちゃうの⁉』
夢なら叶わぬ望みを抱く前に醒めて欲しい、と願うが、大雅の耳に届く美波の声には妙な現実感があった。
体を起こし上半身を左右にゆっくり捻り、声のする方を向く。
……何も変わらない。
逆に何もかもを振り払うようにめちゃくちゃに腕を動かし、声のする方を向く。
…………やはり何も変わらない。
その後、何をしようが美波が消えることはなく、むしろなぜかその存在感ははっきりしてきているようにも感じた。
『それ、テレビか何かでやってた体操? それなら今すぐに止めた方がいいよ。絶対効果ないから』
声の主が大袈裟に顔の前で手を振る。
それが夢ではなく現実の出来事である、と認識した時、驚きよりも先に嬉しさと悲しみが同時に込み上げ、胸が詰まる。
「…………み、美波、なの?」
『そうだよ。それ以外の何かに見える?』
「…………生きてるの?」
『いや、残念ながら死んだのは本当。だけど、正真正銘、桜井美波だよ』
かぶりを振り、悲しさを纏わせた微笑で告げる。
その言葉に僕の胸に込み上げてきた感情が溢れ出す。
「美波……本当に、美波、なんだね」
『そうだよ』
そうして大雅は本能的に美波の体を抱き寄せようとするが、その身体に触れることは出来なかった。それによく見ると全身が半透明に透けていた。
「え⁉ どうして……」
『言ったでしょ。私は死んだ。本当はこの世にいない存在なの』
「……えっ、っと……い、いや……」
混乱している頭を必死に回転させるが、大雅は状況を全く理解できず、出来るのは無意味に口を動かし言葉にならない言葉を出すだけだった。
『要するに、私は幽霊になったんだよ』
二次創作などで幽霊と言えば足がないだとか、三角巾を頭に付けているだとか、半透明に透けているだとか、という特徴を思い浮かべる人も少なくないだろう。
それは半分正解で半分間違っている。
顔や身長は生前と変わらない。三角巾はつけていないが、足はある。全身が半透明に透けている。
さらに大雅の後ろに漂う幽霊、桜井美波によるとある程度意図的に自分の存在感を強めたり弱めたりすることが出来るという。
存在感を強めると生きている人間と同じくらいの濃さにもなれるが、弱い時は霧か陽炎かと思ってしまうほど虚ろになる、といった感じである。
――いやはや何とも便利な設定になっているものだ。
大雅はそう思ったが、その調節が以外にも難しいらしい。
何でも感情が鍵になっているらしく、それを抑えることで存在感は薄まり、無理やり出すことで強まるらしい。
『感情の操作をしなくちゃいけないわけでしょ。……いやね、これが何とも難しいんだよ。ワトソン君』
美波がロンドンの英雄よろしく難しい顔で力説する。
言われてみれば、確かに、と大雅は納得する。特に美波のような感受性が豊かで感情の起伏が激しい人にとっては余程のことだろう。
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