第5話 幽霊となった彼女

 駅前の喫茶店で薄いコーヒーを啜りながら外を眺める。

 辺りは赤とも朱とも言い難い色に染められ、どこか幻想的な雰囲気が漂っていた。

 ふうー、と軽く息を吐き、大雅たいがが席を立つ。

 体を動かす度に細かく腹部が刺激され若干息苦しさを感じる。耐えられないほどではなかったが、それでもこのくらいが限界だろう、と考える。

――ちょうど五年前くらいか。祖母の葬式で着た時以来の礼服だし、そろそろ新調するか、それか一度サイズを調整してもらわないといけないかもしれないな。

『大雅、ちょっと太ったでしょ。……もう……駄目だよ、コンビニ弁当ばっかりじゃ。しっかり栄養のある物を取らないと。もう若くないんだから気をつけないと、すぐぶくぶく太っちゃうんだからね。そもそも――』

 大雅が伝票を手にレジの前に行く。

「四百六十円になります」

『――ちょっと、大雅! 聞いてるの⁉』

「これでお願いします」

「はい。五百円をお預かりましたので」

『ねえ⁉ 大雅⁉ ねえってば⁉』

「うるさいな! 少し静かにしてよ!」

「は、はい⁉ すみません!」

 大雅の声に店員が驚いた様子で声を上げる。

「……あ、いや……えっと……ご馳走様でした」

 お釣りを受け取り逃げるようにして店を後にする。

『酷い! 前はそんなこと言わなかったのに!』

 店の中でも聞こえていた声が大雅の頭上から飛んでくる。

「いやいや、美波みなみの声は僕にしか聞こえてないんだから、普通に話してたら僕が独り言を言っているみたいになっちゃうじゃん」

『あっ、そうだった』

 大雅が辟易へきえきした表情で言葉を継ぐ。

「それと、この話は前にもしたはずだけど?」

『……そうだっけ?』

「そうだよ」

『…………てへ』

 そう言って、某甘味処のキャラクターよろしく舌を横に出す。

 その仕草に大雅は深い溜息を吐く。

 

〝大雅の彼女、桜井美波が車にはねられ息を引き取った〟


 これが寝起きの悪い夢か趣味の悪い悪戯いたずらであればよかったのだが、悲しいかな、それは間違いない事実である。

 桜井美波さくらいみなみは命を落とした。

 しかし、その後、本来であれば彼女は成仏し天国に行くはずだった彼女は、僕の背後を浮遊する幽霊になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る