第4話 絶望~part2~

「最善の手は尽くしたのだが、あの状態では、もう……申し訳ないが、どうしようもなかった」

 足の指、脹脛、膝、腰、腹、腕、手、肩……と一瞬のうちに全身の力が抜け、大雅たいがが地面に倒れこむ。

 全ての機能が停止した。

 彼女を中心に回っていた生活の核が抜けてしまった。

「――おい、大丈夫か⁉ 大雅!」

 もしまもるが声をかけてくれなかったら、冗談ではなく固まったまま生命活動すらも停止させていたかもしれないほどの衝撃だった。

 守が大雅の脇を抱え、体を起こす。

「……あ、ああ、だ、大丈夫、だ」

 守の支えでようやく立つことが出来、声に反応することも出来たが、その実、頭はくらくらするし目はぐるぐると回る。動悸もするし吐き気を催してもきた。

 その全てが大雅の精神状況を保つために身体が無理して頑張ってくれている結果だった。

「詳しくはご家族が来た時に一緒に話すよ。だから、それまで君達は少し休みたまえ」

 斎藤先生が守と大雅の横を抜け、真夜中の病院を歩いていく。

 真っ黒だった目と頭が徐々にクリアになっていく。

 靄が晴れていくように見通しが良くなるが、それは決して大雅の望んだ未来ではなかった。

 いつもよりも数倍早く流れる血液が大雅の意思とは関係なく、知りたくもない事実を頭に届ける。

 状況理解が追い付いてからというもの、大雅の全身の力は依然として抜け、立っていることはおろか座ることさえもままならず、気を抜くとスライムのように溶けてしまうのではないかというほど危うい状態であった。

 近くのソファーに腰を掛け美波みなみの家族を待つ間、守は気丈に大雅に声をかけ続けた。

 それに対し大雅も適度に相槌を打っていた。

 心は現世になかったが、辻褄を合わせることは出来ていただろう。しかし、大雅はその時にどんな顔をしてどんな内容の会話をしていたかは全く覚えていなかった。

 少し離れた場所で斎藤先生と二人の警察官が話しているのが目に入った。おそらく事故にあった美波の状態を詳細に訊いているのだろう。

 数時間が経過し、窓から昇ってきた太陽光線が病院内を照らすようになった時、美波の母が到着した。

「大雅君! 美波は……美波は……」

 大雅はその言葉に頭を上げる。

 荒くなった息をそのままに大雅を見る美波の母の瞳は明らかに狼狽していた。

 美波と同じ翡翠の眼球が左右へ揺れている。

 落ち着きがなく酷く疲弊したその様子は大雅以上であった。

「おそらく、あっちの部屋に……」

 大雅の代わりに隣に座っていた守が答える。

 それを聞くや否や美波の母はすぐにその部屋をノックし、入っていった。

 直後、病院中に響くのではないかと思えるほど大きな悲鳴とともに咽び泣く声が聞こえてくる。

 それが耳に届くと同時に大雅の瞳から大粒の涙が流れ落ちる。

――僕は、美波を守れなかった。

 理解はしていたつもりだったが、万に一つの可能性で息を吹き返すのではないか、また美波は屈託のない笑顔を向けてくれるのではないか、と思っていた大雅が本当の本当に絶望した瞬間であった。

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