第7話 幽霊と付き合うにあたって

 大雅たいがが外に出て式場を目指す。

 駅から一歩離れるとそこに広がるのは田んぼと畑、そしてその間をリヤカーに何かを入れ運ぶ麦わら帽子のお爺さんだった。

――何とも長閑のどかで力の抜ける場所だな、ここは。

 まるで時間が半分くらいの速度で流れているかのような感覚を覚える。

『ここは昔と全然変わらない……懐かしいな。大雅は来たことなかったっけ?』

 美波みなみが三百六十度ぐるりと見回し、感慨にふけるように言う。

――周りの人に姿は勿論、声すらも届かない存在となってしまっただけに、人前で話しかけないように、と強く言ったのだが、彼女はそれを守る気は毛頭ないらしい。……だが、まあ、ここはもはや二人だけと言ってもいいくらいだからカウントはしないでおこう。

「いずれは来ようと思っていたけど、来たことはないよ」

――まさか、それがこんな形になろうとは思ってもいなかったけど……。

 その思いを言葉にすることはなかった。

 美波が大雅のそばに来た次の日。

 大雅は嬉しさのあまり、外であることもはばからずに話していたのだが、その様子を心配した守に精神科への受診を勧められた時、さすがにこれではまずいと思い美波との接し方を改めることにした。


〝基本的に人の多いところでは話しかけないこと〟

〝なるべく物に触れないこと〟


 その他に細かいことはその都度言ってはいるが、この二つは必須項目。

 大雅が変人認定されないようにするためというのも勿論あるが、周囲に美波の存在を気取られないようにするためでもある。

 人によっては幽霊の気配を感じることのできる人もいる。

 俗に言う霊感の強い人というやつだ。

 それが美波と分かればまだいいのだが、分からない人にとってそれは恐怖の対象であって、必死で遠ざけるか祓おうとするのが普通だ。

――そうなれば美波が一番辛いだろう。

 大雅はそれが気がかりだった。

 美波の後ろについているだけで、決して危害を加えるようなことは絶対にしないのに、そんな事情などお構いなしに人は本能的にその存在を遠ざけようとする生き物だ。

――それが間違っているとは思わないが、自分の知らない世界を何でもかんでも遠ざけるのはどうなんだろうか。

 坊主でもなければシスターでも何でもない大雅が考える。

 後ろを浮遊しながら周りを見回す美波にちらりと視線をやる。

 幽霊になったからといって美波の何かが変わることはない。

 天真爛漫で抜けているところが、たまに……いや結構な頻度であるけれど、それでもいつも明るく笑っている。美波がいるだけで朗らかな空気になる。

 それは今も変わらない。

 それ故、分からないことがある。

――なぜ美波は幽霊になって僕の前に現れたのだろうか。

 大雅にはそれが不思議だった。

「美波、ひとつ訊いてもいい?」

『ん? 何?』

 大雅の家で漫画を読む美波が軽い声を上げる。

「美波はさ、どうして成仏しないで僕のところに現れたの?」

『……それは迷惑ってこと?』

 漫画の上から目だけを出して、大雅を湿った視線を送る。

「いやいや、そういうことじゃないよ」

 大雅が激しくかぶりを振る。

「実際、また美波に会えたんだから嬉しいよ。……でも、そういうことじゃなくて、何か僕にして欲しいことがあったから、幽霊になってでも僕の前に来たのかな、って思ったからさ」

 そこまで話して美波が、うーん、と唸りながら空中でくるくると回る。

『正直なところ、私にも分からないんだよね』

 そう言って美波は苦笑いを浮かべる。

『猛スピードで突っ込んできた車に轢かれて、気づいたら死んでて、最初はそれが受け入れられなくて何も考えないで街中をふらふらしてたんだけど、突然、あっ、大雅のところに行かなきゃ、私にはやり残したことがあるんだ、って思って、それで来ただけだもん』

 その言葉に大雅が引っかかりを覚える。

「やり残したこと?」

『そう。かっこよく言うと今生の後悔ってやつだよ。でも、それが何かは私も分からないんだ。ただ直感的にやらないと、って思ったことだから』

「そうなんだ。じゃあ、もしそのやり残したことが何か分かって、それでもしそれをやれたら、成仏するってこと?」

『うーん。その辺は私にも分からないけど、どうなんだろう……ってか、大雅、そんなに私を成仏させたいんだ。ふーん。そうなんだ。良く分かったよ』

 美波が再度漫画の上から湿った視線を送る。

「い、いや、そんな意味じゃなくて……さっきも言ったけど、僕は美波とまた会えて嬉しいし、でも、いつまでこうやっていられるかも分からないし、前もって色々と知っておいた方がいいというか……その……」

『ふふふ、嘘だよ、嘘。もう焦っちゃって』

「ったく、からかうなよ」

『ごめん、ごめん』

 屈託のない笑顔を浮かべる美波に、自分のことなんだからもっとしっかり考えて、と言いたくなる気持ちがないわけではないが、こんな毎日が続くのであれば……これはこれで……と良くないこととは思いつつ、それでも心のどこかでそれを望んでいる自分もいた。

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