第6話 星の力をもたらす大樹
身なりは質素で、雑多な人々が行き交うジャンクな街。
マヤが連れてきてくれた店も下町風の、よく言えば賑やかな、悪く言えば雑然とした店だった。
店の造りは、床は地面むき出しで、そこに何本か木の柱を突き刺し、布製の屋根で覆っただけ。
元の世界で言えばサーカスのテントを思い出す。今日は晴れているからいいが、大雨でも降れば営業できないのではないだろうか。
店に入ると、特に案内されるわけでもなく適当に空いた席に座って給仕を呼ぶ。自分で勧めるだけあってマヤは慣れているらしく、聞いたことがない名前の料理を数品と、ワインの水割りを手早く注文してくれた。
ちらりとメニューを見るが、値段設定は良心的なのでこれならマヤの分もまとめて支払ってもそれほどユージンの懐も痛まないだろう。
「この国の印象はいかがですか?」
「……正直、観光で来たわけじゃないからな、特になにも」
「あら、残念」
マヤの感想はあっさりとしたものだった。熱心にこの国を売り込むという気持ちはないらしい。
事前に聞いていたような、血なまぐさい場面には今のところ出くわしていないが、どちらにせよユージンは自分からこの国の事情に首を突っ込むつもりはなかった。
この世界にとって、どこまでいってもユージンは他人でしかない。
馬車の中で聞かされたようなこの国の噂は確かに物騒なものだったが、あそこまでいかなくてもこの世界には暴力や理不尽があふれかえっている。
方々を渡り歩いたユージンは、この世界に対してまるで愛着を抱けずにいたのである。
「ではこれからどこに案内しましょう?」
先程は濁していた質問がもう一度飛んできた。
やはり案内人を断って単独行動をするわけにはいかない気配だ。
(となると、支障のない範囲で説明するしかないか……)
こっそり溜息をつきながら、ユージンは重い口を開いた。
「魔法の……、そうだな、魔法に関わる遺跡を見て回ることだな」
「ということは、やはり魔法関係の……?」
マヤはまた目を輝かせ、先ほどの亡命云々を繰り返そうとする。
「だから、俺は別に研究者とかじゃない。ただの物好きだよ。各地で魔法に関する遺跡を見物して歩いてるのさ」
「見物して回ってるんですか? え~、なんか信じられないな」
「だいたい、あんたも入国許可証を見ただろう。俺はそもそも魔法なんて使えないんだよ」
「最近増えてますよね。……でもでも、純粋な研究職なら魔法が使えなくても!」
ユージンが他国の研究者で、引き抜いてもらえる可能性がどこかに残ってないかと食い下がるが、ないものはない。
「杖は持っているが、ほれ、発動しないだろ」
そう言いながら、ユージンは腰からナイフ――ミストルティンを抜き放った。星の杖、と言いながら、その形はマヤのものとはまるで違っている。
「わ、武器型の星の杖! 珍しいですね。拝見してもいいですか?」
生粋の研究者なのか、見たことがない星の杖に引き抜き云々の話はすっ飛んで興味丸出しでユージンの手中のものを凝視する。
「ああ、どうぞ」
そう言って、柄の方をマヤに向けて差し出すと、彼女は目を輝かせて受け取りあれこれ眺めたり撫でたりしてみる。
「これ、握りの部分に発動体が仕込まれてるのかぁ……。木製? だけど、刃の部分は普通にナイフとしても使えそう?」
慎重な手つきで刃先の鋭さを確認する。
「これ、握りの部分だけじゃなくて、刃先の部分にまで回路が仕込まれてる? 魔法をまとわせて切れ味を上げたりするのかな……? でも……」
おぉ、とか、ほほぉ、とか知的好奇心を刺激されてうなり声を上げていたマヤだったが、最終的には、ん~、と不思議そうに首をかしげた。
「これ、本当に星の杖なんですか? 使用者じゃなかったら使えないものだけど、それにしたって駆動する気配もないし……。だったら、珍しい魔道具でも手に入れて他で高く売ろうとしてるんじゃないですか?」
どうやら、普通の反応とは違うミストルティンに対して、さすがのマヤもその正体を理解するまでには至らなかったようだった。
「悪いが商売人でもないね」
「ん~。謎だなぁ。まあいいか。その代わり、オイシイ話があるなら私にも声をかけてくださいね! 絶対ですからね!」
「わかったわかった。しかし、あんたも上昇志向強いな」
「絶対、私をコケにした奴ら見返してやるんです!」
なかなかしたたかな女性のようだが、目的がはっきりしている方がわかりやすくていい。
「じゃあ、観光案内しないとですね」
「できれば地元の人間しかわからないような逸話などがあると嬉しい」
「任せてください。……となると、伝承とかと一緒に案内した方がよさそうですね」
「そういうのが助かる」
「あ、でも、この街も実は魔法遺跡の一つなんですよ」
「城壁自体が魔法遺跡で、
「お、さすがに気づきましたか!」
「現代の魔法士で、あんな強力な防壁を張れる奴なんていないだろうからな」
かつて、この世界の魔法はそれこそ神の奇跡を思わせるような強大な力を誇っていたそうだ。
しかし現在、その力は衰えに衰えている。だからこそ、今も稼働している城壁のような遺跡は、なかばブラックボックスのような謎でありながら、人々の拠り所ともなっているのだ。
「ですです。魂喰領域がいつから発生したかはわかりませんが、未だにあれを解消したなんて話は聞いたことがありませんからね」
だが、魔法に関連した遺跡ならなんでもいいわけではない。
ここは明らかに関係ない場所だった。
「探しているのはここじゃないな。悪いが、別の場所を頼めるか。そうだな、この街の城壁はわかりやすいだろ?」
「わかりやすい?」
「外的な脅威から守るという役目がはっきりしてる。そうじゃなくて、もっと訳がわからないような遺跡があればそこを頼みたい」
我ながらとりとめのない説明の仕方だ。マヤは「むむむ」とクビをひねっている。
「セフィロトの大樹の伝説とか……ですかね」
マヤ自身もあまり信じていない様子でその名前を口にした。
「セフィロト……ね」
「ええ、あ、他の国でもこの名前を耳にされたことがありますか?」
声のトーンが微妙に濁っていたからか、マヤはそんなことを問いかけてくる。
「私たちが使っている星魔法は、星の動きから力を得ているんですけど、それって星の杖が直接汲み上げているわけじゃないんですよ」
「通説だな……」
「確かに、考えてみればこんな小さな杖が空の上の力を汲み上げるようなことができるなんて思えませんもんね」
マヤは自分の、スマホ型の杖を手の中でもてあそぶ。
元の世界にいた頃の自分――つまり普通の日本人が「魔法」を想像するなら、おそらく自分の内側にある精神力のようなものを消費して超常的な現象を引き起こす能力だと考えるだろう。
しかしこの世界の魔法の仕組みは、一風変わったものだった。
超常的な現象を引き起こすのは一緒である。
だがその力の源泉は、人々の頭上からもたらされていた。
空の上では星々が活発に活動している。
恒星は常に輝き、重力の綱引きで星という巨大な物体が動いている。その、人の身からすれば想像も絶するほどの巨大なエネルギーの上澄みをほんの少しだけ集めて術の動力にするのである。
星魔法と呼ばれる術式が主流だった。
「――伝承ではこの世界には空の上に届くような巨大な樹があって、それが星の世界から魔力を吸い込んで私たちに供給してくれているそうなんです。巨大樹の上には天空人と呼ばれる人達が暮らしていて、私達が使っている星の杖を作ってくれていたそうなんですよ」
「なるほど……」
「と、自分で言っておきながらですけど……」
ここではじめて、マヤは言葉を濁らせる。
「同じ『魔法』を追い求める学者にも色々あって、伝承や文献など文化的な側面から追いかけてる人達には人気の題材なんだけど……」
「あんたはあまり好きじゃないのか?」
「ひと通りのことは知ってますけどね。私はどちらかというともっと実利的に、魔法というものの仕組みの方に重点を置いている感じですね」
学者と言っても、元の世界で言うなら科学者に近い考え方なのだろう。
魔法というもののメカニズムに興味があるわけだ。
「誰も見たことがなくて、どこにあるのかわからなくて、おとぎ話と区別がつかない事柄には興味がわかなくて……。でも、それを言うなら星の杖の仕組み自体もわからないことだらけなんですよね……」
分解しても、この世界の人間には構造を理解することなどできないだろう。
「だから、そういうあやふやな存在に興味はないんですけど、明確に見えている部分を突き詰めれば突き詰めるほど、あやふやな部分に関わってくるんですよね……」
彼女はジレンマを感じているのか歯がゆそうにしている。
そんな、普通の人間とは少し違った反応が、ユージンの目には新鮮なものに映るのだった。
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