第7話 客人(まろうど)達の果て

 この世界の魔法の仕組みに対して色々説明しながらも、マヤはその根源として言い伝えられているセフィロトの樹には懐疑的な様子だった。


 セフィロトの樹、魔力の源、星の力をもたらすシステム。


 おとぎ話とも思われているそれは、実際に存在する。


 誰よりもユージンがそれを知っていた。


 途方もなく巨大で、世界を支える力を持った神の大樹。


 しかし現時点では誰も見ることができない。


 その原因は、セフィロトと呼ばれる大樹が現実世界とは微妙に位相がずれた場所に存在しているせいなのだ。


 存在するが、見えず、触れられない。


 ある種の因子を持つ者であれば、遠くからその姿を見ることぐらいはできるだろう。しかし近づくとまるで虹を追いかけるように消えてしまうのだ。


(ああ、そうさ。今も、この街の南方には、空の上から太い樹木が地上に向かって伸びている……)


 ユージンは目を細めて蜃気楼のような姿にどうにか焦点を合わせようとする。


 意識して集中して、ようやくユージンの目に巨大な塔ほどもある物体の姿が見えるようになった。


 気を抜けばその姿は瞬く間に消えるだろう。


 これ以上近づけば、見ることすらできなくなってしまう。


 セフィロトやそれに類する巨大樹の逸話は、大陸中で散見される。そのことからもわかるだろうが、ユージンの目に見えている巨大な物体は、しかし「そこ」にあるわけではない。


 普通の方法では目的の場所にたどり着けない。


 位相のずれたこことそことを結びつけるような、特殊な空間がなければ触れることはできないのだ。


(絶対に、あの根元にたどり着く。どんな方法を使っても……)


 マヤのように地元に詳しい人間に協力をしてもらうつもりだった。


「わかった。この街に俺の探し物はなさそうだが、数日はここで調べてみることにするよ。少なくとも魔法と無関係ではないんだから、何か手がかりぐらいはあるかもしれないからな」


「や~、お役に立てずに申し訳ないです」


 と、あまり申し訳なさそうではない様子でそう言う。しかし憎めないのは彼女のキャラクター性なのだろう。得な性分である。


「けど、星魔法って誰が作ったんですかね。魔法学者なんて言いながら、星の力がどうやって運ばれるのか、具体的なことはわからないんですよね」


「そのあたり、よその国でも同じだな。というより、そこに疑問を持ってる人すら少ないだろう」


「そうなんですか? 私なんて、気になりまくりですよ。誰が作ったかもわからない、どういう仕組みかもわからないものをそのままにしておくなんて」


「確かにな……」


 少しだけ、ユージンは言葉を濁した。


 星魔法、それを行使するための星の杖。


 マヤはそれがどこからきたのか不思議だと言っているが、ユージンと同じ世界出身の人間ならまた別の疑問を持つだろう。


 どうしてスマホの形をしているのか、と。


 ここにいる誰も知らないだろうが、それにも理由がある。その理由こそ、ユージンがこの世界に連れ去られてきた理由なのだ。


 マヤ達が星魔法をもたらしてくれたと評価している天空人は、ある目的のために星魔法を作り出した。


 その制御に必要となるデバイスを作り出すために、ユージン達の世界の人間を無理矢理召喚してきた。


 姿こそ同じだが、この世界と元の世界の人間とでは、在り方に大きな違いがあるらしい。


 元の世界の人間は、インターネットを見ればわかる通り、大量の情報をネットワークに乗せてやり取りをし意思疎通を行う。


 ユージンからすれば身勝手きわまりない言い分だが、その性質が染みついている精神が、星の力を伝播する素材として見初められてしまったのだ。


 彼ら、あるいは彼女らの心の形が表に出るからこそ、杖がスマホの形になった。


 より正確に言うなら、スマホだけではなくイヤホンや腕時計といったウェアラブル端末全般に――さらわれて来た人間の心がもっとも馴染む形として現れるらしい。


 そんな状況に、思うところがないと言えば嘘だ。


 事実、当初は星の杖をどうにか回収できないものかと考えた。


 義務などない。


 それでも自分と同じような境遇の人間を踏みにじって作られたものをそこかしこで見かければ怒りを当然だ。


 だが、この世界の至る所で使われている星の杖をすべて回収するなどとても現実的な話ではない。


 結局は、「回収などできるはずがない」という結論にたどり着いただけだった。


 何も知らない一般人を目の敵にはしないが、さりとて積極的に関わるつもりにもなれない。


 そんな絶望と諦観の中で生きていくことしかできなかった。


 今のユージンにあるのはたった一つの約束だけなのである。


(……我ながら、滑稽な話だ)


 胸中で苦笑している間にも、マヤは魔法談義を続けていた。


「降臨者が作ってくれたと言われているんですけど、その正体は不明なんですよねぇ」


「……親切な人もいたもんだ」


 勝手に連れてこられただけなのだが、こうしてユージン達、召喚されてきた者はこの地に「降臨」したことになっている。


 いつかはその正体を知りたいと目を輝かせるマヤに、ユージンはやはり適当な相づちを打つことしかしなかった。


「でも、大破壊を巻き起こしたのも降臨者だって言われてるんですよ」


「大破壊ね……」


「昔……。大破壊が起こるまで星魔法はもっとすごかったらしいんです。それが今みたいに衰退しちゃったんですよ」


「へぇ、そういう話はあんまり外には伝わってないね」


「あ、そうなんですね。でもそれなら、授与式とかどうしてるんですか? 星の杖、もう新しく作っていたりしないですよね?」


「どこも同じだと思うが、新しく作られることはほとんどない。使用者が亡くなると教会に返納して、新しく生まれた子供が洗礼を受けるときに相性がいい杖を授ける感じだ」


 いわゆるリサイクルである。


 この世界では、ある時点を境として星の杖を作る技術が廃れてしまった。


 それ故、無理矢理古い杖を使い回しているのだ。


「そうだ、ユージンさんも授与式を受けませんか!?」


「俺……?」


「そうです。この国の国籍を取得すれば星の杖を授かりますよ。実例は少ないですけど」


「別にこの国で骨を埋めるつもりはないから結構だ……」


「いいんですよ! お金を払っていただければ!」


「結局、それか……」


「はい、お金はすべて――とは言いませんけど、だいたいの問題を解決してくれますから」


 にっこりといい笑顔で言われると、返答に困るのだが、マヤの気持ちは勝手に固まったようだ。


「星の杖も、この国なら魔法が発動できるものに巡り会えるかもしれませんよ!」


「いや、たぶん無理だと思うが……」


「いいからいいから!」


 明確な目的を明かさないユージンも悪いのだが、さしあたってどこに行くかを決められて、マヤはご機嫌の様子である。

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