第28話 悪役貴族、酔っ払う




まえがき

本話は未成年の飲酒を推奨するものではありません。お酒は二十歳になってから。未成年飲酒、ダメ絶対。

――――――――――――――――――――






 何故か俺はフレイヤと二人きりで温泉に入ることになった。


 どうしてこうなった。



「ふぅー。やはりこの温泉は素晴らしいな。王都に帰るのが嫌になる」


「……お仕事の方は大丈夫なので?」


「はっはっはっ。クノウよ、細かいことを気にする男は女に好かれんぞ」



 大丈夫じゃないのか。流石に少し王都が心配になるな。



「何よりこの、温泉に身を沈めながら飲む酒がたまらん。余はダメになりそうだ」


「その飲み方はお身体に障りますよ?」



 湯に浮かせた木製トレイの上に乗せた熱燗とお猪口を手に取り、フレイヤが笑う。


 どうやらフレイヤがこっそり持ち込んだらしい。


 女王じゃなかったらマナー違反ですぐに温泉を追い出すが、女王なので注意に留めておく。


 不敬罪にはなりたくない。



「ふっ、承知の上だ。それに余は酒に強いから、この程度飲んだうちに入らん。クノウも飲むか?」


「いえ、遠慮しておきます」


「ほう? 王の酒を断るとは良い度胸だ」



 完全にアルハラである。


 前世だったら間違いなくパパラッチにすっぱ抜かれて問題になるぞ。



「子供はお酒を飲んじゃ駄目です」


「ふっ、別にガルダナキア王国の法には触れていないぞ?」


「え?」


「たしかに子供の飲酒は推奨していないが、罪にはならん」



 知らんかった。


 まあでも、日本でも昔は未成年飲酒が普通だったって近所のおっちゃんから聞いたような気がしなくもない。


 そうだったのか、ガルダナキア王国では子供が飲酒しても良いのか。



「でも遠慮します」



 お酒はあまり好きじゃない。


 前世で少しだけ飲んだことがあったが、苦いというか、喉が焼けるような感じが苦手だった。


 だからここは丁重にお断りする。


 すると、フレイヤは少しだけ不機嫌になって頬を膨らませた。



「むぅ、余の酒を断る者は初めてだぞ」


「というかそもそも、母様に禁止されてるんです。理由はよく分かりませんけど」


「カリーナから? ふむ、ならば仕方あるまい」



 カリーナの名前を出すと、フレイヤはあっさり引いた。


 ……ふむ。



「女王陛下は、随分と母様と仲が良いのですね」


「うむ、カリーナは余の親友だ。……いや、親友というよりは姉と言った方がいいか?」


「姉、ですか?」



 俺が首を傾げると、フレイヤはお酒に酔い始めたのか、饒舌に話し始める。



「余はこう見えても、昔はやんちゃでな」


「今も結構やんちゃでは……?」


「何か言ったか?」


「いえ、何でも」



 思わず心の声が漏れてしまった。


 咄嗟に誤魔化すと、フレイヤは気にせず思い出話を続けた。



「余は天才だった。剣も槍も、魔法も比肩する者は同年代におらず、学園での成績も常に一位。次期女王ということもあり、誰も余に逆らわなかった」


「すごいですね」


「うむ、我ながら凄かった。しかし、凄すぎて余は調子に乗った。一つ上の学年に魔法の天才がいると聞いた余は、真の天才がどちらか決めようとその魔法の天才に決闘を申し込んだ」


「魔法の天才……。もしかして?」


「うむ。それがアンダイン子爵令嬢、カリーナだった」



 カリーナは多彩な魔法を使うが、学園に通っていた頃からそうだったのか。



「大勢の前でカリーナに恥を掻かせてやろうと、余は最初から全力で叩き潰しにかかった。そうしたら、どうなったと思う?」


「どうなったんですか?」


「ボッコボコにされた。それはもう、コテンパンにな。天才と持て囃されていた余の鼻っ柱をへし折るどころか粉々に砕き、豚の餌にする勢いでやられた」



 うわーお、カリーナったら容赦無い。



「終いには『次期女王だから忖度されるとでも思いましたか?』だぞ? 余のプライドはズタズタになった」


「それは、お気の毒に」


「当時の余はあまりにもショックを受けてな。それからことある面でカリーナに突っかかり、決闘を申し込んだ。そして、その度にボコボコにされた。……尊敬したよ。どれだけ努力しても勝てない、そんなカリーナに本気で憧れるようになった」



 フレイヤがお猪口の中の酒を呷る。



「特に気に入ったのは、次期女王だからと余に遠慮しないところだな。余に向かって『いい加減しつこいので二度と立ち上がれないくらいボコボコにしますよ?』と言われた時は流石に怖かった」


「うちの母様が怖い。というか、仮にも女王に対してその物言いはどうなんですかね?」


「当時の余は気にしていなかったが、今になって考えてみると普通に不敬罪だな」


「不敬罪ですか」



 どうして昔のカリーナはそんなに荒れてたんだろうか? 今と違いすぎる。



「それからカリーナと親しくなって、『次期女王なら女王らしく振る舞いなさい』だの、『慢心して努力を怠るな』だの、説教もされた」


「……なるほど。だから姉、ですか」


「うむ。……少し飲みすぎたな。クノウ、そろそろ上がるか。続きは余の部屋で話してやろう」


「あ、はい」



 まだ解放されないな、これは。



「おっとと」


「女王陛下、飲み過ぎで――」


「すまんすまん。たしかにこの飲み方は良いものではないな。すぐに酔ってしまう。……クノウ?」



 頭がふわふわする。


 おそらく、多分だが、俺は今、酔っぱらっているのだろう。


 フレイヤがよろけた瞬間、お酒を乗せた木製トレイが倒れてお猪口の中の酒が零れ、それが跳ねて一滴だけ口に入った。


 わざと飲んだわけではない。事故である。



「ひっく」


「クノウ? どうした、顔が赤いぞ?」


「女王陛下って、やっぱり綺麗ですよね」


「……ん?」


「顔は人形みたいに整ってて、髪はお月様みたいに輝いていて、スタイル抜群で、おっぱいも大きくて」


「クノウ? 酒が口に入ったのか? 酔っぱらっているのか?」


「明るくて優しくて、まるで太陽みたいで。俺、結婚するなら貴女が良いです」


「なっ、ク、クノウ!? 正気に戻れ!! 自分が何を言ってるのか分かっているか!?」



 失礼な。俺は正気だ。むしろ俺ほど正気な人間はこの世にいないだろう。知らんけど。



「陛下と結婚するにはどうすれば良いんでしょうか?」


「そ、そういう冗談は酒の勢いでも良くないぞ?」


「冗談じゃないです。……なんか暑いですね」


「ん? ま、まあ、そうだな」


「熱いから扇風機を作ろうそうしよう。温泉上がりに風を浴びて『ワレワレハ宇宙人ダ』ってやりたい」



 俺はその足で浴場を飛び出し、眠っていたテオを叩き起こして扇風機を作った。


 爆発して羽根の部分が顔を掠め、首が飛ぶところだった。



「あはは!! 首ちょんぱ!! 扇風機で断頭台を作ろうか!! テオ、断頭台は扇風機!! 俺は断頭台!! 俺が処刑人なのだー!!」



 そして、翌日。



「……あれ? 昨日、何してたんだっけ?」


「カリーナが酒を禁止にした理由が分かったな。そなたは生涯酒を飲まぬ方が良い」



 よく分からないが、フレイヤが少し頬を赤らめながらどこかよそよそしい態度だったのは何だったのだろうか。






――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント注意


作者「お酒は二十歳になってからァ!! 法律破った奴は豚箱行きだ!!」



「ええ話やなー」「マジキチで草」「お酒は二十歳になってから!!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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