第25話 悪役貴族、何度でも撃つ
ドラーナ領の森から少し離れた場所に、突如として巨大な塔が出現した。
高さはおよそ50m。
カリーナの土魔法によって作り出されたその塔の天辺に、俺は座して地上を見下ろしていた。
「絶景だなあ」
程よく冷たい風に煽られながら、俺は森の出入り口をスコープ越しに見張る。
俺の役割は、森から敵が出てきたところを狙撃することだ。
復活したアスランやカリーナが腕に覚えのある領民と共に森の出入り口付近を固めている。
彼らが領内への敵の侵入を防ぎ、足を止めた敵の脳汁を地面にぶちまけるってだけのシンプルな作戦だ。
念のため、敵が森を迂回してきた時のために領民は屋敷に集められている。
一ヶ所に集まっていたら守りやすいからな。
なお、フレイヤはドラーナの領民たちの護衛に回ってくれた。
本人は自らが出撃できないことに不満なようだったが、流石に一国の女王を危険な目に遭わせるような真似はできない。
賢明というか、当たり前の判断だろう。
むしろ最初に一回出撃してる方がおかしいと思うよ、俺は。
「あ、出てきた」
どうやら敵兵は迂回せず、そのまま森の方から姿を現した。
まあ、そもそも森へは迂回してきたのだ。
迂回した先から更に迂回するのは、兵站的にも兵士の体力的にも難しいのだろう。
「まず一人」
引き金を引き、先頭に立っていた兵士の脳天をぶち抜く。
先遣隊から情報を聞いていたのか、敵兵士たちにはあまり混乱が見られなかった。
「しまった。森から出てこなくなったら狙えないぞ」
どうしたものか。あ、そうだ。
前世の漫画で読んだアレを実践してみても良いかも知れない。
木陰に隠れながら、慎重に森から出ようとしている敵兵士に照準を合わせる。
ただし、今度は敢えて頭を狙わない。
足を狙って引き金を引き、撃ち放たれた弾丸がヒットする。
「お、わらわら出てきた」
足を撃ち抜かれて身動きが取れない仲間を救おうと、他の敵兵士たちが慌てて飛び出してくる。
俺はそんな彼らの足もバキュンと狙い撃ちにしてやった。
我ながら面白いように当たる。
「これで二十人目っと」
部隊を指揮していた者を片っ端から始末すると、目に見えて敵の動きがぎこちなくなった。
それを見抜いたアスランが、数名の仲間と共に森へ突撃する。
森での戦闘は援護ができないから心配だが……。
ドラーナの領民にとって、あの森は庭のようなものだ。
敵を撹乱しながら不意を突き、着実に敵の数を減らしていく。
たまらず森から飛び出してきた兵士はカリーナが魔法で始末し、それでも討ち損ねた敵を俺が射殺する。
うむ、効率的だ。
グナウセンの兵士があまりの数の死者に森へ退却し始めたので、俺は塔を滑り降りてアスランたちと合流する。
「いやあ!! クノウのお陰で昨日と違って楽だったぜ!! その『じゅう』って奴は凄いな!! あとでオレにも撃たせてくれ!!」
「良いですよ。暴発したら腕がぶっ飛びますけど」
「ごめん、やっぱやめとくわ」
銃火器を扱うなら暴発は常である。
ましてや俺の銃は存在秘匿のための自爆機能があるので、少し魔力の流し方を間違えたら大変なことになる。
自爆はロマンだ。
最初は作ったものが故障して爆発するのは作り手として嫌だったが、最近は綺麗に爆発するよう心がけている。
芸術性はこうやって見出されるものなのだと自分で感心してしまったね。
「ん?」
「父様? どうかしましたか?」
ふと、アスランが森の方を見た。
「っ!! カリーナ、防御!!」
「っ、はい!!」
そして、刹那の間だった。
アスランが俺を蹴り飛ばして、カリーナが氷の障壁を展開する。
森の方から赤い何かが俺のいた位置、今はアスランがいる場所へ真っ直ぐ飛んできた。
「ぐっ」
「父様!!」
「問題ない!! クノウ、隠れろ!! 敵の狙いはお前だ!!」
「ざーんねん♪ 逃がさないわよー」
森の方から襲撃者が姿を現す。
年の頃は十五、六歳ほどだろうか。
白髪と赤い目をした、血の匂いを漂わせている女だった。
漆黒のドレスに身を包む様もゲームと同じで、俺は思わずその女の名前を呟く。
「吸血姫ヴィヴィエル」
ゲーム本編に登場する、俺とは違ってガチガチに主人公と敵対する悪役。
奴は血を吸った相手を眷属として支配することができる、魔王率いる魔族に滅ぼされた吸血鬼の唯一の生き残り。
そして、魔王への復讐を誓いながらも、その強さに敬愛の念を抱く異常者でもある。
また作中屈指の面白い性格をしており、敵ながらファンが多いキャラクターでもあった。
どういう性格かと言うと……。
「あら♪ 私のことをご存じなの? 嬉しいわ。でもまあ、私って美しいし? 強いし? こっそり活動していても知られてしまうものなのかしら?」
超ナルシストである。
自分を完全無欠の存在だと信じて疑わず、気に入らないものは徹底的に排し、気に入ったものは壊れるまで遊ぶ。
厄介なのは吸血鬼であるが故の不死性。
吸血鬼なら日光に弱いはずだが、ヴィヴィエルは真祖の吸血鬼だ。
日光も効かない、銀も効かない、魔王ですら殺せなかった本物の不死者。
ゲームでは主人公が不死者を殺すポーションを用いることでようやく倒した難敵である。
どうしてこいつがここに……。
いや、そうだ。ゲームのヴィヴィエルは人間社会の裏側で暗躍し、人類に損害を与えていた。
来るべき魔王軍の侵攻に向けての仕込みだ。
ゲームだと闇組織の女マフィアとして登場したが、本編開始から五年前の時点だとグナウセン領を裏から支配していたのかも知れない。
しかし、納得だな。
あの身体から水分を抜き取られたかのような死体はコイツの仕業だ。
奴に一度でも血を吸われた者は、その命を握られてしまう。
離れていても全身の血液を吸い取られて死ぬのだ。
「ぐっ」
「父様!!」
「くっ、毒か……」
さっき飛んできた赤い何かは、恐らく奴の得意とする血の刃だろう。
毒が混じっていて、ゲームで何度主人公を全滅させられたか。
まずいな。すぐに治療しないとアスランは死ぬ。
「改めて名乗るわ。私はこの世で唯一の吸血鬼。ヴィ――」
「あ、知ってます」
俺は引き金を引き、脳天をぶち抜いた。
「え?」
「え?」
アスランとカリーナが信じられないものを見るような目で俺を見る。
なんだよ、こいつを押さえておかないとアスランの治療もできないし、死人が出るかも知れない。必要なことだ。
しかし、ヴィヴィエルは頭を撃ち抜かれてもすぐに回復してしまう。
「き、貴様、この、この私の美しい顔によくも――」
「はいはい」
もう一発頭を撃つ。
吸血姫は不死身だが、頭を撃ち抜かれたら回復するまで動けなくなる。
この距離なら絶対に外さないし、奴が復活する度に撃ち殺せば良い。
「母様、今のうちに父様の毒の治療を」
「え、ええ、そ、そうね」
「た、助かる。……うちの息子、容赦ないな」
「戦場に出たら味方すら恐れさせるかも知れませんね」
「?」
敵がのうのうと自己紹介しているなら撃つ、当たり前だろう。
武士道? 騎士道? そんなもので敵を排除できるか。
アスランとカリーナは後退し、俺はその場に残ってヴィヴィエルの脳天を抉り続けることにした。
「き、貴様、礼儀というものが――」
撃つ。
ヴィヴィエルが回復する。
「ま、待ちなさい? 一回落ち着い――」
撃つ。
ヴィヴィエルが回復する。
「ま、待って、せめて話させて――」
撃つ。
ヴィヴィエルが回復する。
「一回待てやゴルァ! 話を――」
撃つ。
ヴィヴィエルが回復する。
「ちょ、あの、本当に待っ――」
撃つ。
ヴィヴィエルが回復する。
「安心しろ。俺はやられたらやり返す主義だが、やられてなくても場合によってはやる。お前は家族に怪我をさせた。あとは言わなくても分かるよな?」
「ひっ、ま、待っ――」
「これが本物のデスマーチじゃい。死ね」
俺は何度でも撃つのであった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
ワンポイントクノウくん
敵の決め台詞とかは待たない主義
「容赦なくて草」「敵が気の毒だなあ」「これ主人公です」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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