第21話 悪役貴族、聞き耳を立てる



 一般的なガルダナキア王国の宿の部屋は、大半がベッドがあるだけのシンプルなものだ。


 対するドラーナ領の温泉旅館は、畳を使った和なテイストで統一している。


 え? 畳なんてどうやって作ったのか、だって?


 実は畳の原材料であるイ草に近いものがドラーナ領で見つかったのだ。

 それを大量に採って職人に丸投げしたら、近いものができた。


 ドラーナ領の職人ってマジ優秀。


 お願いしたら浴衣も作ってくれたし、冗談抜きで凄いと思う。


 俺やフェルシィ、エレノアやウェンディは旅館の一室を借りて布団を敷き、身を寄せ合って眠っていた。



「……兄様……むにゃむにゃ……」


「……んっ、クノウくん……」


「……クノウさまぁ……うへへへ……」



 まあ、俺は眠れていない。


 いくら幼い女の子が相手でも、美少女三人に密着されたら眠れない。


 心臓がドキドキする、とかじゃなくて。


 単純に暑い上に息苦しいせいでちっとも眠れそうにないのだ。


 俺から見て右側にフェルシィ、左側にエレノア、上からのし掛かってくるウェンディという、三方面から密着されてはただただ苦しい。


 せめてもの救いは皆がお風呂上がりで石鹸の良い香りがすることだろうか。


 そういうわけで、俺は目が覚めていた。


 いつでも眠れるように目を閉じてはいるが、意識はハッキリしている。


 だからつい、襖を一枚隔てた向こう側で晩酌しているカリーナとフレイヤの会話を盗み聞きしてしまった。


 言い訳をするなら、襖を締め切っていない方が悪いと思う。



「しかし、あの『しゃわぁ』という魔導具は良いな。王都にも似たようなものはあるが、水の勢いが程よくて気持ち良かった。余も城に欲しい。クノウに頼んで売ってもらおうか」


「あれはドラーナ領で使うことを前提にした魔導具なのだから、持ち帰っても使えないわよ?」


「むぅ、魔力効率の問題か。自然の魔力で満ちたドラーナ領が羨ましいな。でもあの『てんぷら』なる料理は城でも作れそうだ。あとでレシピを聞き出そう」



 どうやらフレイヤは俺が作ったシャワー魔導具や天ぷらが気に入ったらしい。



「それでフレイヤ、用件は何かしら」


「……余は純粋に友と温泉で語らいたくて来ただけだぞ」


「冗談が上手くなったわね。……貴女がそこまで自由奔放ではないことを、私が忘れたとでも?」


「ふっ、相変わらず鋭いな」



 え、なに?


 フレイヤはただ温泉に入りたくてドラーナ領に来たわけじゃなかったのか?



「以前、クノウやアスランに言いがかりを付けてきた大臣を捕まえたことは知っておるな?」


「もちろん」


「あれが死んだ」


「……暗殺?」


「かも知れん。見張りが気付いた時には首と胴体が分かれていた。相当な手練れだろう」



 何やら真面目な話が始まった。



「唯一の幸いは、奴に情報を吐かせていたことだろう。あるいは、吐いたから消されたのか。……到底信じられんとは思うが、その内容を知りたいか?」


「……なんだったの?」


「魔王が復活したそうだ」



 俺はその言葉を聞いて、閉じていた目をカッと見開いた。


 そうか。

 女王との謁見で言いがかりを付けてきた重鎮は、やっぱり魔王の手先だったのか。



「……魔王。まるでおとぎ話ね」


「余も未だに信じられん。しかし、荒唐無稽とも言い切れん。備えはせねばなるまい。それと、警告に来た」


「警戒? 魔王を?」


「いや、そうではない。捕えた大臣には親しくしていた貴族がいた。……グナウセン伯爵家だ」


「あら、ドラーナ領のお隣じゃない」



 グナウセン伯爵家。


 アスランが成り上がって興ったドラーナ領と違い、古くから王国を支えている貴族家だ。


 領地がドラーナに隣接しており、比べるのもおこがましくなるほど人口が段違いに多い。



「グナウセン伯爵が怪しい動きをしている」


「というと?」


「兵や兵糧を集めている。謀反か、あるいは他領を攻めるつもりか。もし後者ならば標的は……」


「まさか、ドラーナ領?」


「かも知れん。グナウセンは圧政が酷く、領民が他領に逃げ出している。ドラーナにもグナウセンからの移住希望者が増えているのではないか?」


「……そうね」



 ドラーナ領の人口は少しずつ増えている。


 商機を見出だした商人を始め、他領から職を求めて移住してくる者が多くなったのだ。


 現在のドラーナの領民は150人程度だが、まだまだ増えるだろう。



「グナウセンはドラーナが大きくなる前に叩きに来るかも知れん。余としては、魔王という脅威が存在する可能性を否めない以上、国内でのいざこざは困るのだ」


「なるほど。貴女は何があっても争うなと言いたいのね?」


「ふっ、逆だ。むしろ盛大にやって欲しい。戦争は敵と味方が明確に分かるからな。これを利用して国内の敵と味方を判別したい」


「……ドラーナ領を生け贄にする、と?」



 カリーナの声が低くなる。


 フレイヤは一瞬だけ怯む様子を見せたが、すぐに弁明した。



「誤解するでない。余は友を国の生け贄にするほど冷酷ではない」


「……そうね。だとしたら、国軍がドラーナの味方に付いてくれると思って良いのかしら?」


「……現状では難しい。グナウセンに味方する貴族は少なくない。国軍を動かすのも一苦労だろう」


「ならどうする気?」


「クノウがおるではないか」



 え、俺?



「あ奴ならどうにかできるのではないか? 余の直感だが、あれは異質だ」


「私の息子が変人とでも言いたいのかしら?」


「いや、変人ではない。むしろ常識があり、王国への忠誠心もある。守るべき素晴らしい子供だろう。ただ、言動を考えると十歳の子供とは思えん」


「……私からすると、あの子はやりたいことをやってるだけのように思うけれど」



 フレイヤが鋭い。


 フットワークの軽さのせいで考え無しの王にも見えるが、その実は相当な切れ者だな。



「クノウに何かしらの奥の手の一つや二つあっても、余は不思議に思わん」


「クノウを利用する気かしら?」


「するとも。余は王。ならば国と国の未来のために動かねばならん。利用できるものはする。何かを守るためには力が要るのだ」



 確固たる決意を滲ませた声で、フレイヤが言う。



「……いくら貴女であっても、私の子供を使い潰す気なら容赦しないわ。この国を滅ぼしてでも私はあの子を守ります」


「そなたが言うと冗談に聞こえんな。……無論、そんなつもりはない。有能な駒を自ら使い潰すほど、余は愚かではないぞ」


「なら、文句はありません。アスランにも相談し、力手を貸しましょう、女王陛下」


「心強いな」



 カリーナとフレイヤが互いに笑い合う。



「それにしても、学園時代は猪突猛進だったフレイヤが策謀に考えを巡らせるなんて、王という役職は人を成長させるのね」


「学園時代に世話になった先輩のお陰だな」


「あら、誰のことかしら?」



 ちょうど二人の真面目な会話が終わった頃、俺は眠気に襲われた。


 何かを守るためには力が必要、か。


 たしかに強大な軍事力は敵を牽制し、無益な争いを防ぐことにも繋がる。


 グナウセンがドラーナを潰しに来るなら……。



「銃でも作るか」



 フェルシィやウェンディ、アスランやカリーナは俺の大切な家族だ。


 それを害するようなら、魔王も貴族も関係ない。


 俺の持てる知識をフル活用してでも徹底的に潰してやる。

 なんて少し物騒なことを考えながら、俺は深い眠りに落ちるのであった。







―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント作者の一言


作者「うらやまけしからん」



「美少女三人に密着だと?」「けしからん!!」「そこ代われ!!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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