第20話 悪役貴族、皆で温泉に入る






 俺は基本、お風呂に入る時は一人が好きだ。


 別に誰かと入るのが嫌なわけではなく、ただ静かに肩まで湯船に浸かるのが好きなだけである。


 だから一緒に入ること自体は何とも思わない。


 でも、いくら何でも俺の今置かれている状況は居心地が悪くて嫌だった。



「んっ、これは中々……。温度が程よいな。全身の疲れが溶け出して行くようだ」



 フレイヤが温泉に沈み、色っぽい声を出す。何がとは言わないが、湯に浮いている。


 彼女の娘であるエレノアもまた、その隣で感嘆の息を漏らしていた。



「ほわあ……。身体が芯からぽかぽかして、気持ち良いですわ。浴場の意匠も風情がありますし」


「兄様の考えたお風呂だから当然なのです!!」


「ウ、ウェンディ? せめて前は隠しましょう? クノウくんだっているんだから……」



 ドラーナ領の温泉は日本の有名旅館にあるような和な感じをイメージして作られている。


 大人が十数人同時に入っても大丈夫な広さはあるので、子供四人と大人二人が一緒に入るくらいどうってことない。


 その温泉を丸々、俺たちは貸し切っていた。


 貸し切りなので人目を気にする必要は無いし、男の俺でも女湯に入れてしまっている。


 いや、温泉を作る上で考案したルールに当てはめて考えるなら、幼い子供には男湯女湯の制限は設けていない。


 でもそういうのは、あくまでも自意識というものが芽生える前の本当に無垢な子供限定だ。


 俺のような自我がはっきりしている十歳、ましてや中身はオッサンと言っても過言ではない男がこの場にいるのはどうなのだろうか。


 ……よし、お得意の気にしない戦法で行こう。


 俺は周りとは距離を取りながら、温泉の隅っこに寄って肩まで沈む。



「ふぅ……。色々と貴女に言いたいことはあるけれど、今はやめておくわ」


「温泉とは素晴らしいな。カリーナの小言を聞かずに済むとは」


「……やっぱり今すぐ問い詰めようかしら」


「冗談だ、娘の前で説教するのは勘弁してくれ。母親の威厳が無くなるではないか」



 そう、大人が二人。


 フレイヤの他にもう一人、俺の母カリーナも共に温泉に入っていた。


 カリーナは母親なのでそういう目で見ることはないが、大きな果実が目の前に四つもあることは紛れもない事実。


 視線を吸い寄せられてしまう。


 しかし、こうして並んでいると二人の胸は本当に迫力が段違いだと思う。


 温泉に浮いているのだ。


 ダメだな。このまま見てたら生理現象が起こりかねない。


 ひとまず空でも見上げていよう。



「兄様!!」



 無心で空を見上げる俺の顔を覗き込む銀髪の美少女が一人。


 ウェンディである。


 カリーナやフレイヤを見た後では迫力に乏しいというか、二人の『どたぷんっ』という効果音なら、ウェンディは『ぺたーん』という効果音だろうか。


 ……俺は妹の身体で何を考えているのか。


 すぐに頭を振って邪念を取り払い、俺を呼ぶウェンディに応じた。



「兄様のお背中はウェンディが流すのです!!」


「……いや、温泉に沈む前に身体は洗ってるから」


「ではもう一度洗うのです!!」



 うちの妹は圧が強い。



「……じゃあ、お願いしようかな」


「はいなのです!!」


「あ、ウェンディちゃんばかりずるいですわ!! わたくしもクノウ様のお背中を流します!!」


「え? いや、それはちょっと……」



 いくら何でも王女に背中を洗ってもらうのはダメだろう。


 美少女に背を流してもらえるのはありがたいことかも知れないが、ここはお断りしよう


 と思ったら……。



「ではどちらが上手か勝負なのです!! レノちゃん!!」


「ちょっとウェンディ?」



 いつの間にかうちの妹が王女様とちゃん付けし合うほど仲が良くなってる件。


 ウェンディはエレノアが王女だとは知らない。


 年の近い友人ができて嬉しいだろうし、兄としてその感情に水を差すような真似はしたくないところだ。


 仕方ない。



「では、よろしくお願いします」


「はいなのです!!」


「はいですわ!!」



 ウェンディとエレノアが一緒に手で石鹸を泡立てて、俺の背中に触れる。


 くすぐったい。



「この石鹸、良い匂いがしますわ。王都の高級品でもこのようなものは見たことないですし、どこのものなのです?」


「これは兄様が森に出た牛型の魔物の油から作った石鹸なのです!!」


「ええ!? 魔物の石鹸!?」



 石鹸は高級品だ。特に固形石鹸は。


 しかし、ドラーナ領の温泉で使われている石鹸は近くの森で倒した魔物から作ったもの。

 大量生産&消費なのでコストは大してかかっていない。


 背中を二人に流され、また湯船に浸かる。


 ウェンディはエレノアとの背中流し勝負に満足したのか、今度は俺とエレノアを置いてカリーナの方に行ってしまった。



「お義母様、前からお聞きしたいことがあったのです」


「改まってどうしたのですか?」


「どうやったらお義母様のようなバインバインになれるのです?」


「こ、こら、ウェンディ」


「姉様も気になってるはずなのです!! お義母様のような魅力的な大人の女性にどうやったらなれるのか知りたいはずなのです!!」


「……まったく、ウェンディったら。お客様の前でそのような話は控えなさい」



 カリーナがウェンディを注意するが、その顔は嬉しそうだった。


 どうやら魅力的な大人の女性と言われて気を良くしたらしい。

 そのすぐ隣にいたフレイヤが、ウェンディの率直な物言いにノリノリな様子を見せる。



「よいではないか。女ならば誰しも抱く悩みだ。まあ、大きくても肩は凝るし、服を着たら谷間が汗で蒸れて気持ち悪いし、武器は振るいにくいし、良いことは少ないがな」


「……持たざる者には分からない悩みなのです。フレンさん、どうやったら大きくなるのです?」


「よく食べてよく寝る。あとは程よい運動と息抜きをしてたら、なんか大きくなったぞ。なに、子供ならそのうち勝手に育つであろう」



 それを聞いたウェンディが大きく頷く。


 しかし、悲しきかな。ウェンディの大人になったキャラデザを知っている俺には分かる。


 ウェンディはずっと『ぺたーん』のままだ。


 努力の甲斐も虚しく、彼女は持たざる者であることが決定している。


 大きくなるのはフェルシィの方だ。


 カリーナやフレイヤの正確なサイズが分からないから何とも言えないが、フェルシィは本編でも『最胸』と呼ばれるほどの大きさに至る。


 本編でのウェンディの「姉様に胸の栄養を奪われたのです」という台詞はあまりにも有名だ。


 と、懐かしさを感じていたところでエレノアが話しかけてくる。

 距離が近いように感じるのは、俺の気のせいだろうか。



「クノウ様!! その、もし良かったら温泉街を案内していただけませんか?」


「案内するほど広くはありませんが……。そうですね、今日はもう遅いですし、明日ご案内します」


「よっしゃあ!!」


「……レノ嬢?」


「はっ、な、なんでもありませんわ。少し頭がボーッとして本音が……あぅ」



 どうやらエレノアはのぼせてしまったようだ。


 俺はエレノアを看病しながら、ふとあることを考える。


 作中最胸はフェルシィだが、エレノアはどうなのだろうか、と。

 少なくともエレノアの母、フレイヤはバインバインだ。


 フェルシィの独り勝ちか、それともエレノアがダークホースとなるのか。


 どちらだろう……。



「……こんなこと考えてる時点で、俺ものぼせてるみたいだな」



 俺は雑考をやめ、エレノアの看病に専念する。


 なお、その後のフレイヤの提案で皆でドラーナの温泉街にある旅館へ泊まることになった。


 少し歩けば屋敷があるのにわざわざ旅館に泊まるのはどうかと思ったが、フレイヤも久しぶりに友人と会えて積もる話もあるのだろう。


 野暮なことは言わない。


 なぜ俺やフェルシィ、ウェンディも一緒なのかは分からないが。





―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント最胸選手権

長い目で見るとチャンピオンはフェルシィ。


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