第18話 悪役貴族、コカトリスの卵を取りに行く





 地面から吹き出た変な匂いのする熱湯。


 それを聞いて思い至るものは、もうこの宇宙に一つしかない。


 温泉。そう、温泉だ。



「お、おお、おおおお!!!!」


「お、おい、クノウ? どうしたんだ、そんな変な声出して」



 アスランが心配そうに俺を見つめる。


 しかし、俺の頭の中は目の前で吹き出している硫黄臭い熱湯でいっぱいだった。


 熱湯に手を伸ばす。



「熱い。はは、熱い!! 何度あるんだ!? 高温泉ってやつだな!! 手が燃えそうだ!!」


「ちょ!? クノウ!? 手、大丈夫か!?」



 アスランが大慌てで俺を熱湯から引き離す。



「父様!! 温泉!! 温泉を作りましょう!! ドラーナ領に王国一の温泉街を!!」


「お、おんせん?」


「熱いので加水して温度を調節しないと!! あ、でも水をどこから引っ張ってくるか……。はっ!! こういう時こそ魔導具か!! 水を生成するか? いや、直接温度を下げさせるか? どちらにしろ恒常的に作動させる必要があるな!! 大気中の魔力の吸収抑制を一部緩和して、常時作動し続ける魔導具はどうだ!? アイデアがどばどば沸いてくるぅ!!」



 俺はカリーナとアスラン、フェルシィやウェンディに温泉の利点をアピールしまくった。


 アスランは「熱い湯に浸かって何か変わるのか?」とふざけたことを抜かしたが、カリーナはすぐに理解した。


 生粋の貴族だからか、それとも女の直感か。


 カリーナは温泉という資源から金の匂いを嗅ぎ取って、生家の伝手で資金を捻出。わずか一ヶ月という短さで開発を始めた。


 フェルシィやウェンディも乗り気で、アスランも渋々温泉街を作るのに承諾した。


 ちょうどドラーナ領の温泉開発が始まったタイミングで王都から鍛冶職人のテオが到着し、水温を調節する魔導具に着手。


 そして、半年という月日が流れ――



「ダメだ!! 足りない!! アレが、アレが足りない!!」


「ど、どうしたの、クノウくん?」



 ある日。


 俺は完成した小さな温泉街を見下ろしながら嘆きの声を漏らした。隣でフェルシィが首を傾げている。


 温泉街はまだまだ大きくする予定だ。


 どうやらドラーナの温泉には傷を癒す効能があるらしく、怪我をした冒険者や傭兵が月に百人余り訪れていた。


 日に日にドラーナ領を訪れる人は増えており、今の温泉街の規模だと小さいからな。


 温泉街に作った宿屋や飲食店と合わせて今や温泉事業はドラーナ領の収入の半分を占めているほどだ。


 まず間違いなく、大成功と言って良い。


 しかし、俺はどうしても満足できなかった。あるものが足りないのだ。



「温泉卵が、食べたいです」


「?」



 温泉卵。


 前世で食べた、あのとろっとした黄身の食感が忘れられない。


 ところがどっこい、この世界では卵が高級品。


 ニワトリの飼育をしているのは王国だと二ヶ所しかないし、それらはかなり離れた場所にあるため、直接買い付けに行くのも難しい。


 そもそも買ったところで保存ができない。


 仮に魔導具として冷蔵庫を再現しても、保存する前の輸送中に腐ったらアウト。


 馬車に冷蔵庫を取り付ける? 否、ドラーナ領を出たら魔導具はアホみたいに魔力を使うようになる。



「となると、ニワトリを生きたまま連れてきてドラーナ領で飼育する? ……いったいいくらかかるのか。母様の説得は無理だな」



 温泉街で得た収入は今後の温泉街拡大に使う予定だし、余分なことに割く金はない。


 いや、更なる温泉街の発展に繋がるって力説したらいけるかな?


 などと考えていたその時、フェルシィが思い出したように言う。



「卵と言えば、少し前に森でコカトリスが出たそうよ。コカトリスは臆病だから、人のいる温泉街の方には来ないだろうけど、気を付けなきゃね」


「……コカトリス?」


「? ええ、コカトリスよ。知らない?」


「ニワトリの身体とヘビの尻尾の?」


「ええ」



 それだ。野生のコカトリス!!


 連中を捕獲して、その卵をドラーナ温泉の名物にしてやろう!!


 名付けてコカトリス温泉卵!!



「姉様。そのコカトリス、どの辺りに出たか知ってます?」


「え、ええ。待って、クノウくん? 何をする気なの?」


「ちょっとコカトリスを捕獲して来ます」


「!? な、コカトリスは危ないのよ!? 大人でも一時間で死ぬような猛毒を持ってるのよ!? 危ないわ!!」


「姉様」



 俺を引き止めるフェルシィに振り返って、満面の笑みで言う。



「温泉卵のためなら、俺は猛毒にだって耐えられます」


「待って!? もしかしてコカトリスの猛毒を気合いで耐えるつもりなの!?」



 まさか。今のは冗談だよ。



「罠を仕掛けるんです。俺ではコカトリスと戦ったら負けますし」


「そ、そう、よね? よ、良かったわ……。いや、良くないわ!! コカトリスを捕獲!? 倒すのではなく!?」


「姉様のワンテンポ遅めのツッコミ、嫌いじゃないですよ」



 というわけで、フェルシィと別れた俺が向かった先はテオの工房だった。


 この半年で数人がテオに弟子入りし、今ではドラーナ領に無くてはならない存在となっている。



「お邪魔しまーす。テオ、いるー?」


「おや、クノウ君じゃないか。また何か作りたいものでも?」


「そうそう。実はこういうものが欲しくて」


「……ふむ」



 俺が罠の設計図、というかイメージ図を渡すと、彼は興味深そうにまじまじと見つめる。



「これは、なんだい? 罠だとは分かるけど、見たことないね」


「トラバサミってやつです。普通のものだとコカトリスに逃げられるかも知れないので、ここに電気を流せるように魔導具化します」



 コカトリスについては俺も知っている。


 フェルシィが言っていたように、その鉤爪や尾の蛇の牙には大人すら一時間で死に至らしめる猛毒がある。


 しかも普通のニワトリより遥かに大きいのだ。


 多分、俺よりもデカイだろう。

 トラバサミ程度なら大したダメージにならないだろうし、逃げられてしまうかも知れない。


 だから感電させる。


 え? トラバサミは違法だし、感電狩猟は非人道的だって?


 大丈夫大丈夫。

 ここは日本じゃないし。相手は畜生どころか魔物だしね。


 何より見つからなければ犯罪じゃないんだよ。



「うーん、こんな感じかな? 少し構造が複雑になっちゃったけど、使えるとは思うよ」


「ありがとう、テオ!! あと四、五個くらい作っておいてくれ!!」


「はいはい。レルドほどじゃないけど、人使いが荒いんだから」



 その日のうちにテオが作ったトラバサミを持って森に向かい、設置。


 その場で魔導具化した。


 この辺りは滅多に人が来ないし、誤って人がかかることもないだろう。


 ふっふっふっ、温泉卵が楽しみである。



「コケェエエエエエエエエエッ!!!!」


「え?」



 その時、ニワトリの雄叫びが森全体に響いた。


 振り向くと、そこにはやたらと殺気立ったニワトリが一、二、三、四、五……。


 とにかく沢山いた。



「……ありゃりゃ」



 完全に囲まれている。


 どうやらこの辺りは、コカトリスの群れの縄張りと化していたらしい。


 終わったわ。



「コケェエエエエエエエエエエエエッ!!!!」


「うおお!!」



 縄張りに侵入した敵を排除するため、コカトリスが集団で向かってくる。


 せめて猛毒の爪攻撃だけは回避しようとした、その時。


 黄金の閃光がコカトリスの身体を脳天から真っ二つにしてしまった。



「コケ!?」


「え?」



 黄金の閃光、それは何者かが振るった黄金の槍だった。


 正体不明の襲撃者に驚いたコカトリスたちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。


 背後から声を掛けられる。



「怪我はないか、クノウ?」


「……」



 振り向いた先には、少しセンスを疑う全身金ピカの鎧を着た人物が立っていた。


 片手に身の丈よりも長い槍を、もう片方の手には身を覆い隠せるほどの大盾を持った、黄金の兜を被っている騎士。


 しかし、その声はとても聞き覚えがある。



「……女王陛下、何やってるんですか?」


「!? な、なん、なんのことか余には分からんな!!」


「俺の名前知ってますし、余って言ってますよ」


「ぐっ」



 観念したのか、金ピカの兜を脱ぐ騎士。


 そこには半年以上前、王都で謁見したガルダナキア王国の女王、フレイヤの姿があった。


 こんなところで何してんだろう。


 




―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント作者の一言


作者「お風呂回と言ったな。それはもう少し先だ」


「期待を裏切られた」「温泉回はよ!!」「でも温泉コカトリス卵は大事」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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