第16話 悪役貴族、鍛冶職人をスカウトする



 俺の王都でやりたいこと。


 それは腕の良い鍛冶職人を見つけて、可能ならドラーナ領に連れ帰ることだ!!


 俺は木材を使用し、魔導具を作っている。


 しかし、普通の木材では刻める魔力文字の数に限界があるのだ。


 金属は木材よりも魔導具作りに適している。


 ところがどっこい、俺には金属を加工する技術も知識も無い。

 だから王都でそれらを持つ者を探し、あわよくばドラーナ領に連れ帰りたいのだ。


 問題は俺に鍛冶職人の伝手も無いこと。


 なのでここは、王都の知り合いを頼ろうと思っている。



「叔父上、遊びに来ました!!」


「よく来たな、クノウ君!!」



 王都を囲む防壁の近くに建てられた、やたらと歴史を感じさせる風貌の屋敷。

 そこはカリーナの生家、アンダイン子爵家の屋敷だった。


 中に入るとメガネをかけた青年が俺を迎える。俺の叔父ことレルドだ。


 彼は王都で活躍する魔導具師。


 詳しくは知らないが、革新派なる宮廷魔導具師の派閥で有名らしい。


 俺はレルドに事情を話した。



「ふむ。腕の良い鍛冶職人には心当たりがある。この後、ちょうど会いに行く予定があるから一緒に行くかい?」


「おお!! 是非!!」



 というわけで屋敷を出ようと、応接室の扉を開いたその瞬間。



「あら、もしかしてクノウちゃん!?」


「え? えっと?」


「きゃー!! しばらく見ないうちにこんなに大きくなっちゃったのねー!!」



 やたらとテンションの高い少女と遭遇した。


 艶のある綺麗な黒髪を可愛らしいロングツインテールにした美少女だ。


 どことなく顔立ちがカリーナと似ている。


 母の幼い頃の姿と言われたら納得出来てしまう風貌の少女。


 レルドやカリーナの妹だろうか。

 


「叔父上、こちらの女性は?」


「えー!! 私のこと覚えてないの!? 私、貴方のおばあちゃんよ!?」


「おばあちゃん……? おばあちゃん!?」



 一瞬、脳の理解が追いつかなかった。


 思わずレルドの方を見ると、彼は自慢のメガネをかけ直し、口を開く。



「信じられないとは思うが、本当だ。君が会ったのは生まれた直後だから、君に面識は無いだろうけども」


「え、え? わ、若くないですか? 俺より少し歳上くらいでは……?」


「えー? んもぉ、おばあちゃんにそんなお世辞言っても何にも出ないゾ☆ ハイ、お小遣いあげる」


「秒で出てきた。……お小遣いはいただきます、お祖母様」



 お小遣いを懐に仕舞うと、レルドが間に割って入ってくる。



「母上、僕たちは用事があるので――」


「えー!! おばあちゃん、もっとクノウちゃんとお喋りしたいー!! 遊びたいー!! お料理作ってあげたいー!!」


「ちょ、あ、こら!! 暴れないでください母上!!」



 割って入ったレルドだが、その割り込みに更にお祖母様が割り込む。


 割り込み合戦である。



「そうだわ!! おばあちゃんと一緒におねんねしましょ!! 今晩はお泊り会だわ!!」


「あ、いえ、父様と宿に泊まっているので遠慮しておきます」


「あ、クノウ君!!」



 なぜか咄嗟にレルドが俺の口を塞いだ。息が出来なくて苦しい。

 しかし、この息苦しさは口を塞がれているが故のものではなかった。


 強烈な殺気だ。

 思わず背筋がゾッとしてしまう、恐ろしく冷たい殺意。



「私から可愛いカリーナちゃんを奪ったあの男。今度は私からクノウちゃんを奪おうと言うの? 許さない。絶対に〝――〟して〝――〟してやるわ!!」



 可愛い顔で悪魔のような顔をしながらとても怖いことを叫ぶお祖母様。


 レルドがこっそり耳打ちしてくる。



「母上の前であの男の話は厳禁だ」


「え?」


「僕もあの男が嫌いだが、母上に至っては殺意すら抱いている。下手なことは言っては駄目だ」


「あ、はい」



 お祖母様の前ではアスランの話はしないようにしよう。


 物凄く怖いから。



「ところでクノウちゃん、あの男はどこにいるのかしら?」


「え? あ、えーと」


「あばあちゃんに教えて? おねがーい」



 きゅるるん、って感じで可愛いけど、目が笑ってない。完全に殺しに行く目をしている。



「……多分、娼館に行ってると思います」


「あら☆ じゃあ野郎のイチモツをぶつ切りにするにはピッタリじゃない!!」



 俺とレルドはお祖母様の天使の如き黒い笑みに股間がヒュッとなり、思わず両手で守るように隠した。


 それからお祖母様はルンルン♪ とどこかへ出掛けて行ってしまう。


 南無阿弥陀仏、アスラン。



「アスラン。僕から姉上を奪った君のことは嫌いだったが、せめて冥府への旅路が良いものであることを祈ろう。……さて。僕たちは鍛冶職人のところへ行こうか」


「そうですね」



 俺とレルドはすぐに切り替えて、レルドの知り合いの鍛冶職人のもとへ向かう。


 向かった先は王城の近くにある職人街。


 物品の生産効率を上げるために職人を集めた区画である。


 発案者はフレイヤらしい。


 俺と話していた時は娘が大好きなお姉さんって感じだったが……。

 思い返してみると、たしかに彼女は終始国の利益を考えていたように思う。


 為政者として尊敬すべき人物だな。



「こっちだ」


「ここって……」


「王都で一番多く鍛冶職人を抱えるガンテツ工房だよ。ここに古くからの友人がいてね」



 レルドの友人か。どういう人物だろうか。


 俺がレルドの後ろについてウキウキでガンテツ工房に入った、その直後。



「うわあ!! 革新派のレルドが来やがった!!」


「ひっ、お、奥に隠れろ!!」


「〝狂気〟のレルドから隠れられるわけないだろ!!」


「誰か親方を呼べェ!!」


「いや、それよりもアイツだ!! アイツを差し出せばレルドはいなくなる!!」



 ガンテツ工房で仕事に邁進していたであろう職人たちが、レルドの顔を見た途端にパニックに陥る。


 え、何この反応……。



「叔父上、何かしたんですか?」


「別に何も? ただ彼らに魔導具作りの協力をしてもらう過程で少し迷惑をかけただけだよ」


「ほぇー。ところで叔父上、革新派というのは?」



 王城で会ったガレオスも言っていたが、魔導具師の派閥のようなものだろうか。



「ああ、説明していなかったな。革新派というのは――」


「革新派とは、魔導具師の中でも既存の理論を完全に無視し、次世代の破天荒で道理が通らない理論を用いて安全性も生産性も度外視のイカレた魔導具を作る頭のおかしい連中のことだよ。厳密には派閥ではなく、そういう連中の総称かな」



 レルドに代わって俺の問いに答えたのは、工房の奥から姿を現した中性的な外見の人物だった。

 濃い緑色の髪と瞳が特徴的で、恐ろしい程の美人である。


 ただ性別が分からない。


 がっちりした体系の女性と言われたら納得できるし、細身の男性と言われても納得できる。


 レルドがその人物に対し、唇を尖らせて言う。



「テオ、その紹介の仕方はやめたまえ。まるで僕が狂人のようではないか。僕はただ魔導具の可能性を広げるために模索しているのさ」


「はいはい。相変わらずだね、レルドは。今日は何の用事だい? 手短に頼むよ。今日の納品分がまだ終わってないんだ」


「時間は取らん。勧誘だ。僕の甥っ子が腕の良い鍛冶職人を探している。君を紹介しようと思ってな」



 レルドがそう言うと、レルドの友人はこちらに視線を向けた。



「おや、レルドと違って優しそうな子だね。はじめまして。ボクはテオ。見ての通りの鍛冶職人さ」


「クノウ・ドラーナです。よろしくお願いします」



 互いに自己紹介を済ませ、余計な談笑はせずに本題へ入る。



「なぜ鍛冶職人を探しているのかな?」


「俺が作りたいものを作るためです。可能ならドラーナ領まで付いてきて欲しいのですが」


「ドラーナ領……。たしか、王国の北西部にある人口が百人未満の小さな領地だったね」


「はい、そうです。よく知ってますね」



 どうやらテオは地理にかなり詳しいらしい。


 まさか田舎領地の位置や人口を正確に把握しているとは思わなかった。



「貯金が貯まったら、田舎に移り住もうと思っていたからね。ドラーナ領もその候補地なんだ」


「それなら良かった!! 是非うちに来てください!!」


「……その前に一つ聞いても良いかな?」


「何でしょう?」


「君がボクに作って欲しいのは、武器かい?」


「いえ、日用品です。あ、日用品は違うか。俺は生活をより快適にする魔導具を作りたいのですが、木材の工作では限界がありまして。鍛冶が出来る人が欲しかったんです」



 テオの問いに答えると、彼は何かを考えるように目を閉じ、頷いた。



「分かった。じゃあ、溜まってる仕事が終わったらドラーナ領にお邪魔しようかな」


「ありがとうございます!! ……でも、随分とあっさり承諾するんですね」


「はは、まあね」



 そう言うと、テオが俺に耳打ちしてくる。



「レルドから離れられるならどこでも良いというのが本音だよ。彼の魔導具作りを手伝ってたら命がいくつあっても足りない」


「……そうですか」



 マジでレルドが何をしたのか、とても気になって仕方がない。


 こうして俺は腕の良い鍛冶職人をゲットし、アスランと共にドラーナ領へ帰った。


 なお、アスランはお祖母様の襲撃に遭って大変な目に合ったらしく、戦争帰りかと思うほど全身ボロボロになっていた。


 死んだ目で「危うくオレの息子がぶつ切りにされるところだった……」と言う様は少し笑った。


 まあ、カリーナがいるのに娼館に行った罰だな。


 でも色々と可哀想だったので、カリーナへの報告は少しマイルドにしておいてあげよう。


 俺なりの慈悲と哀れみである。

 




―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント革新派の設定

基本的に傍迷惑な奴ら。クノウもここに分類される。


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