第15話 悪役貴族、王女の申し出を断る






「話したいことというのは、コレについてだ」


「あれ? 俺のバイク……」



 フレイヤが合図と同時に騎士たちへ持ってこさせたのは、宿に停めておいたはずのバイクモドキだった。



「そなたたちの宿に停めてあったものを拝借したのだ。ああ、無論あとで返す故、安心しろ」


「は、はあ……」



 別に返してもらわなくても作ればいいだけだし、気にしないけど。


 俺が何事か警戒していると、フレイヤが配下に命じて、とある人物を呼びに行かせる。


 しばらくしてやって来たのは、老齢の男だった。


 男は俺のバイクを様々な角度でじろじろと観察し始める。



「これは何とも……。いやはや、恐ろしいものですな」


「紹介しよう、クノウ。この年寄りは――」


「年寄りは余計ですぞ。はじめまして、ドラーナ男爵令息。儂は宮廷魔導具師のガレオス・フォン・カーフマンと言う」



 宮廷魔導具師。


 ガルダナキア王国のお城の地下で日々魔導具の開発を行っている集団である。



「キミに一つ聞きたいのだが、あの魔導具はキミが作ったのだね?」


「はい。壊れた荷車を使って作りました」


「独学かね?」


「いえ、叔父に習いました」


「……キミの叔父というと……」


「レルド・フォン・アンダインですね。母の弟です」



 叔父ことレルドの名を口にした途端、ガレオスは苦虫を噛み潰したような顔になる。



「そうか。……キミの叔父君は、安全機能の取り付けをキミに教えなかったのかな?」


「……安全機能?」


「いや、何も言わなくていい。その反応で分かった。あの革新筆頭の変態め、何かあったらどうするつもりだったんじゃ」



 何やら勝手に一人で納得し、苛立ち始めた様子のガレオス。


 年寄りが怒ると貫禄があって怖いなあ。



「ガレオス。そなたはクノウが作ったこの魔導具を量産できるか?」


「はっ、女王陛下。可能か不可能かで言うなら、可能ではあります。魔力文字として使われている言葉がどこのものかは分かりませぬが、同じようなものは再現可能でしょう」


「……何やら含みのある言い方だな」



 フレイヤがガレオスの言葉に首を傾げる。



「ええ、左様。この魔導具には欠陥が二つあります。一つは安全機能が無いこと。いつ爆発してもおかしくないのです」


「ええ!?」



 アスランが驚いて声を漏らし、こっそり耳打ちしてくる。



「お、おい、どういうことだ!? あれって結構ヤバイものなのか!?」


「俺の作るものは基本的に爆発しますから。領民や母様には説明しましたし、てっきり父様は承知の上かと」


「んなわけないじゃん!? 怖いわ!! え、てか領民あいつら、納得した上で使ってたの!? カリーナも!? 怖っ!!」



 実際、改良したドライヤーだって使ってると極々稀に爆発するしな。

 お陰でウェンディが怖がってドライヤーを使ってくれないのだ。


 こっそり騒いでいる俺たちを余所に、フレイヤとガレオスは会話を続ける。



「二つ目の欠陥というのは?」


「使用した際の魔力効率の圧倒的な悪さです。これを一時間動かすだけでも、相当な魔力を消費します。常人ならば十数分で魔力切れでしょう」


「あ、なるほど。父様が頻繁に魔力切れになってたのはそういうことですか」



 王都に向かう途中、バイクを運転していたアスランが何度も魔力切れを起こしたのを思い出す。


 しかし、俺は同時に首を傾げた。



「あれ? でもドラーナ領では魔力の少ない領民も平然と使っていましたよ?」


「それはおそらく、魔導具がより質の良い魔力を求めて大気中から魔力を吸収したからじゃろう。ドラーナ領は未だ大自然に満ちた秘境。良質の魔力で満ちておる。起動時に魔力を注げば動くのじゃ」



 ふーむ、エンジンさえかけてやればガソリンは自動で補充してくれるってことか? 何それ凄い。



「まあ、この自然の魔力の吸収が過ぎると、最初に言ったように爆発するがの」


「ほぇー。あ、そっか。安全機能はそれらを抑制、あるいは制御するためのもの、ということですか」


「ほっほっほっ、賢い少年じゃな」



 ガレオスが穏やかに微笑みながら言う。


 言われてみれば、アスランが魔力切れを起こし始めたのはドラーナ領を出て少し経ってからだったような気がする。



「安全機能も取り付けて、その魔力効率の悪さも改善できないのか?」


「簡単に言ってくださるな、女王陛下。魔導具の安全機能はものによって細部が変わります。それを作るのに何十、何百、あるいは何千という試行錯誤が必要なのです。魔力効率の改善も同様です」


「ふむ。具体的に何年かかる?」


「今から開発を急いだとして、実用可能な水準に至るまでに十数年はかかるかと」


「むぅ……。そうか」



 フレイヤは明らかに落胆する。



「コレを我が国で量産できたなら、流通に革命が起こると思ったのだがな。実用的ではないのか。残念だ」


「しかし、このアイデア自体は素晴らしいですぞ。自走とまでは行きませぬが、馬車の車輪を馬の走行速度に合わせて回せるように出来たら、馬が必要以上に体力を消耗しませぬ。移動距離と走行速度は格段に伸びるでしょうな」


「ほう!! ならばすぐに開発ヘ着手しろ!! 三年以内に完成させるのだ!!」


「また無茶を仰っしゃる……。ですが、ええ、承知しましたとも」



 ガレオスが謁見室を出て行く。


 宮廷魔導具師が作業をするところ、少し見てみたいかも。


 こっそり付いてこうかな。



「クノウ、呼び止めてすまなかったな。この『ばいく』とやらは返そう。ところで、いつまで王都にいられるのだ?」


「父様、いつまで王都にいるのです?」


「え? あー、そっすね。そう長いこと滞在するつもりはないです」


「で、でしたら!!」



 と、そこで今まで静かだったエレノアが手をパンと叩いて何かを閃いた。



「クノウ様が良かったら、わたくしが王都を案内いたしますわ!!」


「いえ、大丈夫ですよ」


「……え?」



 何故か静まり返る謁見室。



「え、遠慮なさらないでくださいませ!! 助けてくださったお礼も兼ねて――」


「いえ、お礼は爵位という形で頂いておりますので」



 フレイヤに視線を向けると、彼女は困ったように肩を竦めた。



「所作だけでなく、そういうところもカリーナ似なのだな。いや、単純に興味が無いだけか?」


「?」



 ちょっと何言ってるのか分からない。


 たしかにエレノアの行動からは好意と思われるものを感じる。


 しかし、それは仲間や友人に向けるものだろう。


 仮に恋愛感情だったとして、彼女が俺に惚れる理由が分からない。


 たしかに誘拐犯から助けはしたが、俺がエレノアの目の前でやったことは殺人と死体漁りとパンツのガン見だ。


 好まれる要素は無い。



「そ、そうおっしゃらずに……」


「そもそも王女殿下は拐われた直後。女王陛下がお許しにならないのでは?」


「そ、それは……」


「仮にまた王女殿下が誘拐されそうになっても、俺では一緒に殺されるか拐われるかです」


「うぅ……」


「王国に仕えるいち臣下として、俺の命はともかく、王女殿下の命が危険に晒されるのは許容しかねます」


「うぐっ」



 王女に王都を案内してもらうのは凄いことなのかも知れないが、万が一の時のことを考えると寒気がする。


 俺は快適な生活がしたいのであって、美少女と仲良くしたいわけではない。

 胸の大きな大人の女性と仲良くなれるならなりたいとは思うが。



「ふむ。多少問題はあるが、カリーナは良い教育をしたな。国への忠誠心がある者は大歓迎だ」



 などと頷いているフレイヤと何故か硬直しているエレノアに一礼し、俺とアスランは謁見室を後にした。


 さて、あと王都でしたいことは一つだけだ。





―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントその後のエレノア

涙を堪えてリベンジを決意した。


「お姫様の扱いに草」「お労しや姫様」「最低だな主人公」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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