第14話 悪役貴族、父を見直す






 フレイヤの威圧で謁見室の空気が凍る。


 この場で動けているのはフレイヤの隣に立つ老齢の宰相と、俺の隣にいるアスランの二人だけだった。


 俺もフレイヤの娘であるエレノアも、他の重鎮たちも動けない。



「どうなのだ? んん?」


「い、いえ、無論、王女殿下がこ無事であったことは何よりも喜ぶべきことかと存じます」


「そうだな。余は今すぐにでもエレノアの無事を祝うパーティーでも開きたい気分だ。まあ、宰相に止められて断念したが。なあ?」


「誰だって止めますじゃ」



 急に話を振られた宰相が苦笑いして頷く。


 あの宰相、拐われたと思った娘が一日で帰ってきた記念パーティーを止めたのか。やるな。


 などと感心していると、重鎮が言葉を慎重に選びながら発言する。



「あまりにもタイミングが良すぎるのです!!」


「……というと?」


「拐われた王女が、その翌日には帰ってきた? それが田舎の木っ端貴族の親子? 全く以って怪しい!!」


「つまり、そなたは一連の出来事がアスランの策略であると? フッ、無いな」


「何故断言できるのです!!」


「決まっている。アスランは戦いしかできない馬鹿だからだ。下半身でしか物事を考えられないクズだぞ」



 その説得はどうなのよ。



「で、であれば、その妻!! カリーナ・ドラーナが怪しい!! あの者が唆したに違いない!!」


「それも無い」


「な、何を根拠に……」


「カリーナは賢い。娘を拐うとするなら、もっと陰湿で人の嫌がる仕掛けを幾重にも用意している。何より奴は余の友。絶対に無い」



 信頼が厚いのか、あるいはカリーナのことを知り尽くしているが故の自信か。


 どちらにしろ、カリーナとフレイヤが友人とは驚いた。



「で、では、その小僧だ!!」


「え? 俺ですか? やってないです」


「う、嘘を言うな!!」



 急に俺が犯人扱いを受けている件。驚きすぎて思わず素で返事をしてしまった。


 というかこの重鎮、様子がおかしくないか?


 いくら何でも言ってることが支離滅裂でメチャクチャすぎる。


 と、その刹那。


 アスランがその重鎮に肉薄し、その首を掴んで持ち上げた。

 重鎮は宙ぶらりん状態で手足をバタつかせているが、どうにもならない様子。


 ちょ、何してんの!?


 アスランの思いがけない行動に対し、俺は今日一驚いた。



「オレへの侮辱は構わん。元傭兵だ。その手の疑いには慣れている。妻への疑いも許そう。カリーナなら嬉々として貴様を追い込むはずだからな」



 静かに、されど確かな怒りを滲ませた声音でアスランが言う。


 こんなアスランは初めて見たぞ。



「しかし、息子への侮辱は許さん。今すぐにでもこの首をへし折って死体を王城の大門に吊るしてやろうか? それとも首と胴体を二つに分けてやろうか? んん?」



 いつの間にかアスランが剣を持ち、重鎮の喉元に押し当てていた。


 その剣どこから持ってきたんだ?


 と思ったら、フレイヤの近くにいた騎士が「あれ!? 僕の剣!?」と困惑している。


 まさか一瞬で熟練の騎士から剣を奪い取ったとでも言うのだろうか。


 うちの父親、意外と凄い人なのでは?


 とか言ってる場合じゃない。早くアスランを止めないと。


 せっかくゴブリンキングを倒して生き残ったのに捕まって処刑とかされたら困るし、それはなんか嫌だ。



「父様、俺は大丈夫です。その手を離してあげてください」


「……」


「このままだと父様は殺人犯になって、母様に迷惑がかかりますよ? フェルシィやウェンディにも、当然俺にも」


「……そうだな」



 アスランが一度目を閉じ、重鎮を解放した。


 そして、アスランは自らの頬をパチンと叩いて冷静さを取り戻したらしい。



「すまん、頭に血が上っちまった」


「いえ、父様の意外な一面を見られて嬉しいですよ。下半身にだらしないだけの父親かと思っていたので見直しました」


「……ねぇ、お前の中のオレってどうなってんの? もしかして割とロクでなし扱い受けてる?」


「さあ、どうでしょう?」



 少なくとも自分の子供を守るために激昂してしまう愛情深い父親だとは思っているが。


 娼館通い別として。



「げほっ、ごほっ、しょ、正体を現したな!! 陛下、こやつは――」



 アスランから解放された重鎮が騒ぎ始める。


 如何にアスランが危険な男かをやたらと大仰な言葉を使ってフレイヤに進言した。


 すると、フレイヤは重鎮に向かって一言。



「貴様、何か臭うな。衛兵、その男を捕らえろ。適当に拷問でもして吐かせろ」


「はっ!!」



 なんと兵士に命令して重鎮を捕縛してしまった。



「陛下!? な、何の真似ですか!! なぜ私にこのような真似を!?」


「アスラン程ではないが、友人と娘の恩人を侮辱されて許してやれるほど、余は心が広くない。狭量な女王ですまないな」


「は、離せー!! 私を、儂を誰だと思っておる!! 儂はイーガカリー家の当主で――」



 容赦なく連行される重鎮。

 騎士たちもフレイヤの命令だからか、テキパキと動いていた。


 あー、たしかゲームでは重鎮の中にも裏切り者がいた気がする。


 王女エレノアを拐った後、魔物が王女に化けてガルダナキア王国の中枢に潜り込もうとするのだ。

 まあ、その作戦はフレイヤに一発で見抜かれて失敗に終わるのだが……。


 もしかすると、裏切った騎士や偽物の王女を手引きしたのが、あの重鎮なのかも知れない。


 フレイヤが咳払いをし、場を仕切り直す。



「さて、とんだ邪魔が入ったが、余の礼を受け取ってもらえるな? なに、準男爵など実用的なただの肩書きだ。何も気負うことはない」


「……はい。ありがたく頂戴します」


「良い返事だ。それともう一つ、そなたに言っておかねばからんことだ」



 まだ何かあるのか。早く帰って宿のふかふかなベッドで寝たい。



「そなた、ケルベクから奪った転移輪を持っているだろう? あれは王家のものだ。返してはくれぬか?」


「……」



 俺はさっと視線を逸らす。逸らした先でアスランと目が合った。



「クノウ、持ってるのか?」


「……ノーコメントで」


「持ってるんだな!? 早く返しなさい!! どこだ!? ポケットか!?」


「ああっ、待ってください!! もう少し調べたいんです!! 帰ったら古代文字の解読をするつもりだったんですぅ!!」


「あ、こら!! 痛っ、ちょ、噛むなって!!」



 結局アスランに転移の指輪を奪われてしまい、俺は項垂れる。



「も、申し訳ありませぬ、女王陛下。クノウは好奇心旺盛でして、魔導具に目がなく、このような真似を……」


「フッ、子供のしたことだ。気にはせん。余も子供の頃、こっそり宝物庫から古代魔導具を持ち出して叱られたことがあるからな、はっはっはっ」



 こうして俺の女王への謁見は終わり――



「ああ、まだ待て。聞きたいことがまだ残っている」


「え?」



 ではなかったらしい。





―――――――――――――――――――――

ワンポイント作者の一言


作者「珍しくアスランがかっこいい回」



「言いがかり……イーガカリー……」「アスランカッコイイやん」「くすねたのバレてて草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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