第11話 悪役貴族、古代魔導具をくすねる







 人を轢いた。


 肉のクッションのお陰でバイクには目立った損傷も無く、空中での跳躍に成功した俺も大した怪我はしていない。


 一つの尊い命が、未来ある若者と一台のバイクを救ったと思えば――



「って、思えるかあっ!!」



 流石にコレは洒落にならん。


 十歳で殺人とか普通に考えてアウトだ。いや、十歳じゃなくてもアウトか。


 じゃなくて!!


 お、落ち着こう。殺したと言っても、目撃者は誰もいない。


 アスランが来る前に死体を埋めてしまえば――



「あの、大丈夫ですか?」



 俺は声をかけられて、首をぐりんと回し、そちらを見た。


 フェルシィのような黄金の髪ではなく、薄い金色の綺麗な髪をサイドアップテールにした可愛らしい女の子だ。

 サファイアを彷彿とさせる青い瞳が俺をまじまじと見つめている。


 目撃者、いたよ。


 さっき悲鳴を上げたと思われる女の子が、普通に事故現場を目撃していた。



「ひっ」



 おっと、いかんいかん。


 うっかりB級のホラー映画に出てくる悪霊みたいな首の動きをして女の子を怖がらせてしまった。


 ど、どうする? どうやって誤魔化す?


 いや、どうせ一人殺してるのだ。今更一つ亡骸が増えたところで……。


 って、アカーン!!

 追い詰められて完全に殺人犯の思考になってきてるよ!!



「あの、助けてくださってありがとうございます、見知らぬ御方」


「え? 助けて……?」


「は、はい。わたくしはケルベク――その男に拐われる寸前だったのです」



 それを聞いて、俺は口がポカンと開いたままになってしまう。


 まじ? 拐われる寸前だったん?



「……ふむ」



 改めて女の子の格好を見る。


 たしかに森には似つかわしくない華やかなドレスを着ていた。


 拐われてる最中のお嬢様と言われたら、納得だな。



「あの者は遠くまで一瞬で移動できる『転移』の魔導具を使い、わたくしを拐ったのです。どうやら『転移』の魔導具は一度に移動できる距離に制限があるらしく、王都の家から一度ここに――」


「『転移』の魔導具だって!? ど、どこ!? それはどれだ!?」



 俺は轢き殺した男の死体を漁り、少女の言う『転移』の魔導具を探す。


 前に一度、俺の魔導具師としての師匠こと叔父のレルドから聞いたことがある。

 魔導具の歴史は古く、太古の昔から存在していたらしい。


 そして、古代人が現代の魔導具作成技術とは全く異なる作り方で生み出した魔導具……。


 古代魔導具。


 現在の魔導具作成技術では再現すら不可能と言われている、古代文明が作った魔導具だ。


 オーパーツとも言われてるな。


 ゲームで主人公が魔王との決戦に向けて集める聖剣や聖鎧、聖盾も古代魔導具であり、何気に本編で解明されない謎要素でもある。


 少女の言う『転移』の魔導具は、まさにその古代魔導具なのだ。


 是非この目で見てみたい!!



「チッ。血が汚い……」



 俺は舌打ちをしながら男の死体を漁り、それらしいものを発見する。


 ぱっと見はただの指輪だ。


 しかし、その指輪に刻まれている魔力文字を詳しく解析してみると……。



「うぐあっ、な、なんじゃこりゃ!?」



 小さな指輪に数百の魔力文字が刻まれている。


 見た瞬間に目が痛くなるほどの情報量がギッシリ詰まっていた。



「どこの言語なんだ? ところどころに同じ文字があるな……」



 昔、前世で似たようなものを見た気がする。


 同じ単語が何度も出てきて、決まった配列で並んでいるような……。



「そうだ、プログラミング!! アレと似てるのか!!」



 大学生の頃、プログラミングに挑戦しようと「猿以下の知能でも分かる!! プログラミング言語!!」という本を買ったことがある。


 プログラミングができたら何かと役に立つだろうと思って学ぼうとしたのだ。


 C言語って何だよ、意味分からん!!


 となって秒で諦めたが、それを初めて見た時と同じ感じがする。



「もしかして古代魔導具の魔力文字って、『◯◯したら◯◯する』みたいな文章の羅列だったりするのか? だとしたら、それだけの文章を書き込める素材の方に秘密がありそうだな。くっ、俺の知識じゃ何も分からん!!」


「あ、あのー」


「……あっ」



 しまった。


 古代魔導具と聞いて、すっかり女の子のことを忘れていた。


 一度、落ち着いて客観的に考えてみよう。


 人を轢き殺した子供がその死体を漁って全身血塗れになった挙げ句、奪い取ったものを見て一人でブツブツ呟いている姿を想像する。


 うーむ、ヤバイ。誰がどう見ても、普通にヤバイ変質者だろう。


 女の子も少しドン引きしている気がする。



「……申し訳ありません。俺――失礼、私は魔導具に目がないもので。うっかりテンションが上がってしまいました。ご無礼をお許しください」


「い、いえ!! 無礼だなんて……。その、好きなことに夢中なお姿は素敵だと思います」



 くっ、見え透いたお世辞だが、ギリギリ変質者という印象は回避できたか?



「おーい!! クノウ!! どこだー!!」


「っ、父様ここです!! 崖の下でーす!!」


「!? 下に落ちちまったのか!? すぐそっちに行く!! 少し待ってろ!!」


「はい!!」



 ナイスだ、アスラン。


 俺と女の子の間に微妙な空気が流れる前に追いついてくれるとは。


 お前のことを見直したぞ!!



「なるほど、人を轢いちまったのか……。ま、誘拐犯なら大丈夫だろ」



 崖を降りてきて合流したアスランは、俺が轢き殺した死体を見てサラッと言った。


 え、軽くなーい?



「い、良いんですか? その、俺、人殺しなんですよ?」


「んなこと言ったら、オレは戦争で何十人、下手したら何百人も殺してるんだぞ? クノウ、お前に良いことを教えてやる」


「?」



 アスランがニカッと良い笑顔を見せる。



「犯罪者は殺してヨシ!! むしろ相手が賞金首なら積極的に仕留めた方が良い。小遣い稼ぎにはもってこいだ」


「……小遣い稼ぎ?」


「実際、オレはガキの頃に賞金首の首を獲りまくって小金持ちになったことがある!! ……すぐに娼館で溶かしたが」


「子供の頃から娼館通いしてたんですか?」


「う、うるせーな。多感な時期だったんだよ。娼婦を独占してハーレムとか作りたい年頃だったんだ。お前だってそういう願望はあるだろ?」


「俺は年上で献身的な料理上手の女性が好みなので。ハーレム願望はないです」



 でも、そうか。


 賞金首のような犯罪者が相手なら、アウトどころかセーフになるのか。


 冷静に考えてみたら、少女はどこかの貴族令嬢だろう。

 今頃は王都で騒ぎになって犯人探しが始まっているかも知れない。


 その犯人を不慮の事故で殺したとして、問題はあるのだろうか。


 いや、無い!! 多分!!



「っと。すまんな、嬢ちゃん。オレたちは今から王都に向かうんだが、良かったら一緒に行くか?」


「よ、よろしいのですか?」


「おう!! オレはアスラン。そっちのはオレの息子でクノウってんだ。嬢ちゃんの名前は?


「えっと、わたくしは、レノと申します!! 家名はシャリナです」


「シャリナ? どこかで聞いたような……?」


「きゅ、宮廷貴族ですから!! そこそこ有名だと思います!!」


「……そうか。ところで嬢ちゃん、前にオレとどこかで会ったことあるか?」



 ……うわー。



「最後の質問はナンパの常套句ですよ、父様。母様に言いつけますよ」


「ちゃ、ちゃうわい!! まじでどこかで見た気がするんだよ!!」


「……そうですか」


「なんだその目は!? ちょ、本当に違うからな!? 絶対にカリーナには言うなよ!?」


「分かってますよ」



 しかし、実を言うと俺もどこかで見たことがあるような気がする。


 どこだったかな……。ま、どうでもいいか。



「一人増えるならバイクを改造しないと駄目ですね。荷台を大きくして、タイヤが壊れた時のために持ってきた予備のタイヤを使いますか」



 俺はバイクをその日のうちに改造し、翌日の朝にレノと名乗った少女と共に王都へ向けて出発するのであった。


 なお、俺が轢き殺した男はほぼ原型を留めていなかったのでその場で埋葬。


 『転移』の魔導具はこっそりくすねておいた。



 

―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントアスランの好み

巨乳。子供は対象外。



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