第10話 悪役貴族、人身事故を起こす






「よし、じゃあ王都に行くぞ!!」


「……ぶふっ」


「ん? どうしたんだ?」


「い、いえ、何でもないです、父様」



 実に爽やかな笑顔のアスラン。


 しかし、その格好は世紀末の世界を生きるヒャッハーな人々のものだった。


 冗談混じりで「バイクに乗る時の正装です」って言ったら、アスランは疑うこともなくヒャッハー装備を身に付けてしまったのだ。


 本当は早い段階で真実を言おうと思ったのだが、存外気に入ったらしく、タイミングを逃した。


 まあ、この世界にバイクなんて存在しないわけだし、世紀末ヒャッハーネタが通じるのは転生者である俺くらいだろう。


 気にしない方向で行くことにした。


 ……カリーナまでモヒカンヘルメットに肩パッドを装備しようとした時は流石に止めたけどね。


 咄嗟に女性には女性の正装があると誤魔化して、どうにか母親の世紀末ヒャッハー装備を見なくて済んだ。


 とまあ、色々なことがあったが、アスランと共に王都へ向けて出発した。


 ちなみに二人乗りではない。


 元々は農作物をまとめて運ぶために作った自動三輪車の廃材から作ったバイクだからな。


 バイク後部に人を一人乗せられるくらいのスペースがあるのだ。



「くっ、『たいや』ってので幾分かマシだが、山道は腰がキツイな!!」


「ササササスペンションの取り付けは急務ですねねねねねねッ!!!!」



 ガタガタ揺れて声が震える。ついでに腰が痛くなる。


 揺れが激しくてバイクが壊れないか心配だが、念のため強度的に不安な場所には『頑丈』と魔力文字で書いたので大丈夫なはず。


 せめて王都に着くまでは持って欲しいな。



「ん? あれ、なんだ、気持ち悪い……」


「父様?」



 その時、途端に顔色が悪くなったアスランが体調不良を訴えてくる。



「乗り物酔いでもしましたか?」


「いや、違う。多分、魔力切れだな……。すまん、一旦停めるぞ。おぇ、前に乗った時はこんなことなかったんだがなあ」



 ちょうどドラーナ領を出た辺りで、アスランが体調を崩し、停車。

 道の脇にバイクを停め、アスランが木陰で大の字になって休息を取る。



「父様、俺と交代で運転しますか? その方が王都にも早く着きますよ?」


「いや、駄目だ!! オレが運転したい!!」


「……ならさっさと魔力を回復させてください」



 魔導具を動かすには魔力が必要だ。


 ドラーナ領でアスランがバイクを乗り回してた時は大丈夫そうだったが……。


 人は魔力が尽きたら体調を崩してしまう。


 それが魔力切れだ。

 具体的な症状で言うなら、吐き気や頭痛、目眩に襲われる。


 放っておけば小一時間ほどで治るため、大事にはならないから心配は無い。



「すまん、あとちょっと休憩させてくれ」


「分かりました」



 一応、アスランが魔力切れで倒れてる間にバイクの点検をしておくか。


 もしかしたらどこかが故障していて、アスランが必要以上に魔力を消費してしまった可能性もあるからな。


 万が一、バイクが故障した時のためにナイフやロープ等の必要な道具類は全て持ってきた。


 多少はバイクが壊れてしまっても、そこら辺の木を採取してナイフで削ったり、ロープで固定すれば何とかなる。


 と思って色々確かめてみたが、特に異常は無い。


 小一時間ほど休憩を挟み、再びバイクで荒れた道を進み出した。

 しかし、しばらくしてアスランがまた魔力切れで動けなくなってしまう。



「ぐぅ、なんでだ……」


「うーん、なんでですかねぇ?」



 原因がさっぱり分からん。


 しかし、歩いて進むよりは遥かに早く移動できているので文句は無い。


 アスランが魔力切れの繰り返しで次第に痩せこけていくのは心配だったが。


 それから更に数日かけて、王都まで向かう。



「ふぅ、やっとここまで来たな……」


「あとどれくらいですか?」


「うーん、明日には着くんじゃねーかな?」



 アスランが地図を見ながら言う。


 この世界の地図って、結構大雑把なところがあるからなあ。


 まあ、中世ヨーロッパでも精緻な地図は国家機密並みに重要なものって聞いたことあるし、不思議ではないか。


 それはそれとして……。



「そろそろ俺も運転したいんですが。せめて帰りは運転させてください」


「ダメ!! 帰りもオレが運転する!!」



 この野郎。



「分かりました。父様がそういう態度ならこちらにも考えがあります」


「ほほーう? この父に交渉とは度胸があるな」


「あることないこと母様に言います」


「すみませんでした、それだけは勘弁してください」



 アスランが秒で土下座する。


 そこまでカリーナのことが怖いのか。いや、たしかに怒ったら怖いけど。



「でもせめて行きだけは!! 行きだけはオレに運転させてくれ!!」


「えー?」


「頼む!! この通り!! 王都に着いたら何でも買ってやるから!!」



 ……仕方ない。



「その条件で手を打ちましょう。父様が娼館にでも行かない限り、告げ口はしないのでご安心を」


「おお!! 流石はオレの息子!! へへ、ちゃんとこの正装も着せてやるから安心しろ!!」


「……あ、いえ、やっぱり帰りも父様が運転していいですよ」



 モヒカンヘルメットとか肩パッドは絶対に装備したくない。


 なんか絶対に嫌だ。


 などとくだらない会話で時間を潰し、ようやくアスランの魔力が回復して出発しようとした、その時だった。


 どこからか「きゃああああああッ!!」という悲鳴が聞こえてきた。


 かなり近い。



「悲鳴だな。それも女の子、まだ子供だ」



 流石は戦争で成り上がった男、悲鳴を聞いただけでその声の主の性別やおおまかな年齢を把握したらしい。


 明らかに面倒事の予感がするが、この悲鳴を聞いて無視するのも寝覚めが悪いだろう。



「父様、少し様子を見てきます」


「あ、ちょ!? それ乗ってくのか!?」


「父様が運転したら王都に行くまでの魔力がなくなっちゃうでしょう?」



 何より今は非常事態。


 だかは正装とか気にせずにバイクを乗り回せるというものだよ、HAHAHA。



「ま、待て!! 一人は危な――」



 俺はアスランの制止を無視してバイクを強奪し、森の中の獣道を走り出す。


 ハンドルを握るとテンションが上がった。


 前世でも車に乗ると人が変わるってよく言われたけど、何故だかハンドルを握ったら気持ち良くなっちゃうんだよな。


 バイク最高!! アクセル全開!! ヒャッホォウ!!


 最高にハイってヤツだ。


 思わず歌でも歌いたくなるような、良い気分になってしまう。



「盗んだバイクで走り出す〜♪」



 正確には元々俺のものだが、細かいことは気にしちゃいけない。


 女の子の悲鳴が聞こえてきた方角に進む事、わずか数十秒。

 バイクが最高速度に到達したところで問題が発生した。



「え?」



 断崖絶壁だった。


 森の木々や茂みが視界を遮っており、全く気付かなかった。


 どうやら俺は崖に向かって走っていたらしい。



「うわああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」



 ブレーキも間に合わず、俺はどこぞの自転車で宙を舞うエイリアンのように空へと跳ねた。


 落ち着け。まだ慌てる時間じゃない。


 俺が地面の染みになるまで、まだ少なからず猶予があるはずだ。


 このままの姿勢を維持し、せめてバイクの下敷きになることだけは避けなくては。

 あとはタイミングを合わせてバイクを蹴り、跳躍するのみ。


 完璧な計画だ。



「え、ちょ、人!?」



 しかし、ここで更なる問題が発生。


 ちょうどバイクが着地するであろう場所に男の人が立っていることだった。



「わー!! 退いて退いて!!」



 必死に叫ぶが、男の人は近くにいた女の子と話していてこちらに気付かない。


 あの女の子がさっきの悲鳴の主だろうか。



「姫様、貴方を魔王様のもとへ連れて行きます。大人しくした方が身のためかと」


「どうして、どうして貴方が!!」


「私は魔王様の配下となったのです。貴方はその手土産で――ん?」



 ゴギャッ!! グチャ!! べチュ!!


 猛回転していた車輪が男の人の骨肉を巻き込み、血がスプラッターする。



「やっちゃった」



 完全な人身事故。


 どうやら俺は齢十歳にして、人を轢き殺してしまったらしい。





―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント作者の一言


作者「人身事故、アウト!!」



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