第6話 悪役貴族、姉と語らう
夜。
父アスランと母カリーナは今頃、一部の領民と明日のゴブリン狩りについて話し合っているのだろう。
俺は皆が慌ただしくしているそのタイミングを見計らって、ある行動に出る。
自室をこっそり抜け出して向かった先は、庭にあるもう使わなくなった農具を入れておくための物置きだ。
「……あった。もう使わなくなった荷車……」
こいつを改造し、乗り物を作る。
最悪の場合、フェルシィやウェンディ、カリーナだけは逃がせるように。
シナリオ通りにイベントが進めばフェルシィやウェンディは助かるが、カリーナは命を落としてしまう。
かと言ってカリーナを生かそうとしたら、他の二人がどうなるか分からない。
だから俺を含め、最低でも四人が乗っても大丈夫なように作らないといけない。
アスランは……。
「いや、考えるな。手を動かせ、俺」
俺は荷車を引っ張り出して、壊れている場所を修理する。
そして、車輪。いや、正確には車軸か。
「こいつに『回転』……いや、『高速回転』の方が良いか?」
一番良いのはこの荷車を馬に引かせることだろうが、生憎とドラーナ領に馬なんて上等なものは無い。
ならば自走するよう改造するしかない。
「壊れてるもう一台の荷車から車輪を拝借して……って、車輪一個壊れてる!? ちっ、まあ、一つでも三輪なら走るよな。タイヤ用のゴムなんて無いし、車輪にはロープを巻いておくか。あとは簡単なハンドルを作れば……」
一人であーだこーだ言いながら、荷車を順調に改造して行く。
作業開始から三時間が経ち、ようやくそれっぽいものができた。
「なんか、三輪自動車っぽい形になったか? 耐久性が不安だな。いや、少しでも距離を稼げるなら問題は無いか」
と、その時だった。
近づいてくる足音に気付いて、俺は咄嗟に納屋の入り口の方を見る。
「クノウくん?」
「……あ、ね、姉様……」
「何をしてるの?」
月明かりを黄金の髪が反射して、まるでもう一つの月のように輝いている。
フェルシィだった。
「これは、あれです。あれ」
「どれ? 何か作っているの?」
「えっと、その……」
どう誤魔化したものか。
いざという時に逃げられるよう、荷車を改造して乗り物を作っていたと正直に話すべきか?
「言いたくないなら、言わなくても良いよ」
「え?」
「とても言いづらそうだし、無理には聞かないから」
それはありがたい話だが……。
「ねえ、クノウくん。もっと近くで見ても良いかしら?」
「あ、はい。それは構いませんよ」
何がしたいのか分からないが、フェルシィが止めないなら文句はない。
念のため、荷車を補強しておきたいからな。
作業に没頭する俺をまじまじと見つめてくるフェルシィの視線に、若干の居心地の悪さを感じながらも手は止めない。
そして、作業が一段落した時。
「その魔導具作り、あんまり楽しくない?」
「……え? えーと、姉様? それはどういう?」
「『どらいやぁ』を作ってる時のクノウくん、凄く楽しそうだったもの。でも、今のクノウくんは楽しそうじゃないっていうか、何かを怖がってる?」
……鋭いな。流石はヒロインか。
心を見透かされているようだけど、不思議と不快ではない。
むしろ落ち着く。
フェルシィは作中でも屈指のお姉ちゃんキャラだからなあ。
面倒見が良いというか、察しが良いというか。彼女が人気キャラたる由縁だろう。
「少し、夢見が悪くて」
「……そっか。私と一緒だね」
「姉様もですか?」
「うん。私もね、お母さんが死んじゃった時の夢をよく見るの」
カリーナではなく、フェルシィとウェンディの本当の母親か。
「お母さんが病気になって、食べるものも無くなって、お腹が減って、宿を追い出されて。たまに親切な人が食べ物をくれたけど、すぐにお腹は減っちゃって」
「……姉様?」
「ごめんね。えっと、自分でも何を言えば良いのか、ちょっと分からないんだけど……」
フェルシィがそっと俺の頭に手を添えた。
「もっと人を信じて頼っても、良いと思うよ」
「……」
「私もウェンディも、藁にも縋る思いでそうしたら、助かったから。それに厳しいけど優しいお義母様や、少しだらしないけど頼れるお父様、ちょっと趣味に走り過ぎて心配になる弟もできた」
「……いや、俺のは趣味というか、単純に自分の生活を楽にしたいだけのものですが」
「今はお姉ちゃんが喋ってるのでお静かに」
「あ、はい」
フェルシィの無言の威圧を受けて黙る。
ゲームでは何度か言うが、一人称が〝お姉ちゃん〟というのは新鮮だな。
「今クノウくんが何を悩んでるのか、お姉ちゃんには分からない。でも、それを誰かに相談したかしら?」
「……いえ。でも、その、信じてもらえないと思うので」
ゴブリンを討伐しに行かない方が良いと言って、どうするのか。
夢で見たとでも言ったら心配性だと笑われて終わるだろうし、根拠を話したところで頭がおかしくなったと思われるだけ。
ならば次善の策を用意するべきで――
「信じて欲しいなら、信じなくちゃ」
「え?」
……信じて欲しいなら、信じる?
「お義母様とお父様も、きっとクノウくんの言葉なら信じてくれると思うよ」
「……その根拠は?」
「無いよ」
「無いんですか」
でも、なるほど。
たしかにアスランやカリーナを信じているかと訊かれたら、それはノーかも知れない。
俺は心のどこかで、この世界がシナリオ通りになると思っている。
だから次善の策を考えていた。
冷静に考えてみたら、次善の策とは最善が無くなった時のために用意しておくものだ。
ここでの最善とは、これから起こることをアスランやカリーナに伝えることだろう。
でも俺は、どうせ信じてもらえないと最初から諦めて説得をしていない。最善を尽くしていないのだ。
俺は決勝戦が始まる前に三位決定戦で勝つことを考えていた。
どこかの安◯先生もマジギレする所業だ。
「信じて欲しいなら信じろ、良い言葉ですね。……ちょっと行ってきます」
「今ならお義母様もお父様も、応接間にいると思うよ」
「ありがとうございます、姉様」
俺は早足で二人のもとへ向かう。
納屋を飛び出し、屋敷に戻って二人がいる部屋に突入した。
「うお!? な、なんだ、クノウか。ビックリした……」
「どうしたのです、クノウ。もう子供は寝る時間ですよ」
「すぅー、はぁー」
二人の前で深呼吸して、大声で言う。
「多分!! ゴブリンの巣にはゴブリンキングがいると思うので!! こちら側から攻めるのは良くないと思います!!」
「「……」」
静寂。
アスランやカリーナと話し合いをしていた領民たちも絶句している。
さて、どうなるだろうか。
「……なるほど、ゴブリンキングですか」
「ゴブリンが人を襲うでもなく、即座に森に撤退したのが妙だと思っていたが……。たしかに統率個体がいるなら納得だ」
「えっ、信じるんですか?」
「ん? ああ、拭えなかった違和感がスッキリしたぞ」
あまりにもあっさり信じられてしまって、少し拍子抜けする。
すると、アスランは何かを察してニヤニヤと笑った。
「なんだ? もしかして自分が言っても信じてもらえないかもって不安だったのか?」
「そ、それは……」
「最近のお前はちょっとオレに辛辣だったが、可愛いところもあるじゃねーか!!」
わしゃわしゃと俺の頭を撫でるアスラン。
「クノウ、貴方はどうしてキングがいると思ったのですか?」
「あ、えっと、な、なんとなく、そう思いました!!」
「……そう。もしかして私たちが感じていたゴブリン共の行動の不自然さを、話を聞いただけで見抜いた……? もしかしてうちの子、天才?」
「か、母様?」
「……何でもありません。クノウ、貴方が私たちのことをどう思っているのか、それは分かりません。ですが……」
そう言うと、カリーナは俺を優しく抱きしめた。
何がとは言わないが、俺の頭がとても柔らかいものに包み込まれる。
「あとはこの母たちに任せなさい」
「……はい!!」
「ふふ、良い返事です。ほら、良い子はもう寝る時間ですよ」
カリーナが再び俺をギュッと抱きしめる。
こうされると落ち着くのは、俺にクノウとして生きてきた記憶があるからだろうか。
「でも困りましたね。ゴブリンキングがいるとなると、ゴブリンの数は百か二百はくだらない。これは狩りではなく、戦争だと思った方が良いかも知れません」
その場にいた大人たちもアスランとカリーナが秒で信じたからか、俺の言葉を疑う者はいないらしい。
いや、信じてくれるのは嬉しいけどさ。
いくら何でも子供の言う事をそんなあっさり信じて良いのか? 嬉しいけども。
「しかし、困ったな。農作物の収穫時期にゴブリンキングが攻めてくるとは」
「おそらくは昼前に襲ってきたゴブリンは偵察部隊か何かだったのでしょう。奴らがドラーナの農作物を狙って来たのではなく、こちらの戦力確認と思えば納得の行くところがあります」
「カリーナ。うちの屋敷を一時的な砦にして、領民を避難させたい」
「賛成です。ただ、農作物は可能な限り収穫しなくては。貴重なドラーナ領の資金源が無くなるのは困りますし、何よりゴブリン共にくれてやるのは業腹です」
「つっても、農作物を全部収穫するには領民総出でも何日かかかる。そんな動きをしてたら、攻めてくるぞ? 一度に収穫したものを大量に運べるなら良いんだが……」
……ん?
「あ、あのー、母様、父様。一つ、相談が」
「「?」」
俺はさっきまでいた場所に二人を案内するのであった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
ワンポイントネタ無し
ネタ無し。
「ええ話やなあ」「面白い」「ネタが尽きるの早くて草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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