第5話 悪役貴族、分岐点に至る





 ドライヤーが爆発した原因は、やはり材料の木材にあったと思われる。

 爆発するまでの時間に差異こそあったが、木材では根本的に耐えられないのだろう。


 全く同じものを作ってしばらく使ってたら、見事に爆散して大変だった。


 となると、木材よりも優れた素材が必要だ。


 金属があったら耐久性は解決するけど、加工するのにも技術が必要だからなあ。


 しばらくは手を出せない素材だろう。



「で、オレが森で獲ってきた魔物の骨を素材に使っていると」


「そういうわけです」



 木材の次に俺が手を出した素材は、父ことアスランがドラーナ領に出た魔物を退治して獲得したものだった。


 魔物の骨を削り、ドライヤーの形にする。


 そこに木彫りドライヤーと同じ要領で魔力文字を刻み、試しに魔力を流した。



「……ふむ」


「お、爆発しないな?」



 アスランがどこから持ってきたのか、大きな盾で身を守りながら言う。


 そりゃ爆散したら困るよ。


 しかし、万が一ということもある。

 使っている最中に爆発して破片が刺さったら痛いしな。


 少しでも安全面を高めるため、この魔物の骨ドライヤーにはある加工を施してある。


 具体的には、いつ爆発しても良いように敢えて強度が脆い場所を作った。


 こうすることで、爆散した時の破片が使用者に当たらないようにしたのだ。

 これは木彫りドライヤーを何十個も作って考案した機能なので、何も心配は要らない。


 ……多分。


 不安だからウェンディにプレゼントするのは当分先になりそうだな。


 という旨をウェンディ本人に伝えて謝罪したところ、ドライヤーが爆散した破片で俺の全身がズタズタになったのがトラウマになったらしい。


 青い顔で「お気持ちだけ受け取っておくのです!!」と言われてしまった。


 嫌われていないか、少し心配である。



「なんというか、お前の作るものは怖いな。壊れる前提の安全措置とか……」


「失礼な。それは俺の作りたいものに俺の技術が追いついていないだけです。ここから俺はレベルアップして、爆発しないものを作ります」


「爆発しないのは当たり前なんだがなあ」



 しかし、アスランの言うことには一理ある。



「明かりを灯すだけの魔導具でも、いくつもの文字が刻まれていて結構複雑なんですよねぇ」


「そりゃあ、あれは何十年も前に作られた代物だからな。改良に改良を重ねて今の形になったんだ」


「……ふむ」



 逆に考えるなら、何十年も同じ形から進化していないとも言える。


 形状や効率の最適化は大切だが、それを目指すのは最後だ。


 俺が作りたいものはどれもこれも、まだこの世界には存在しないもの。


 それを魔導具という、地球には存在しなかった技術で再現しようと言うのだから、多少は難しくて然るべきだろう。


 むしろその方がやり甲斐もあるというもの。


 などと考えていたその時、誰かが屋敷の玄関の戸をドンドンと叩く音が聞こえてきた。



「ん? 誰だ?」



 アスランが庭から直接屋敷の玄関に向かうと、そこには顔馴染みの領民がいた。


 領民はアスランを見るや否や、慌てた様子で近づいてきた。



「領主様、良かった!! 実は困ったことがありやして」


「なんだ? 何かあったのか?」


「実は畑にゴブリンが出やした。なんとかその場に居合わせた連中でぶっ殺したんですが、何匹か逃しちまいやして。被害が出る前に森に狩りに行きたいんでさあ。その許可をくだせぇ」


「ゴブリンか。分かった、それならオレも――」


「ダメです、父様ッ!!」



 アスランにそう言ったのは、他ならぬ俺だった。


 俺が急に大きな声を出したからか、アスランも領民もビックリして目を瞬かせている。



「ど、どうしたんだ、クノウ?」


「あ、えっと、その……」


「「?」」



 アスランも領民と一緒に首を傾げている。


 一度でも『幻想物語』をプレイしたことのある者がゴブリンと聞けば、あるイベントを頭に思い浮かべるだろう。


 完全に油断していた。


 まさかもう、クノウが悪役貴族となる切っ掛けのイベントが起こるとは。


 たしかに具体的な日時はシナリオで表記されていなかったが、まさか今日だとは想像もしていなかった。


 ……いや、まだだ。


 ゴブリンが農地に出たというのは間違いなくイベントの予兆だが、まだイベントが本格的に始まっているわけではない。


 ここだ。今この時が、分岐点だ。



「ふ、深追いはしない方が良いと思います。森は連中の庭ですから」


「そりゃ分かってるが……。また被害が出る前に叩いた方が良いのは確かだろ?」


「それは、そう、ですが……」



 クソッ、なんでアスランはこういう時だけまともなことを言うんだ!!


 下半身ゆるゆる野郎のくせに!!



「何かあるのか?」


「……い、いえ、何でもないです……」


「ははーん、クノウ。お前、さては」



 アスランがニヤニヤしながら言う。



「オレがいなくなったら魔導具を作れなくなるから、呼び止めたんだな?」


「……はは」



 そうそう。


 前にドライヤーの件でカリーナに叱られて、魔導具を作る時はカリーナかアスランが一緒にいないと駄目ってルールになったからな。


 って、んなわけあるかあ!!


 俺のこの先の人生、というかお前の命も関わってんだぞコラ。



「すまんな。明日は丸一日森でゴブリンを狩ることになりそうだ。魔導具作りに付き合ってやれるのは、明後日だな。絶対に帰ってくるから、安心して待ってろ」



 そう言って俺の頭を撫でるアスラン。


 ニカッと笑うアスランは、間違いなくクノウの父親の顔だった。


 アスランが領民とゴブリン退治の打ち合わせをしに庭を去って行く。


 言わないと……。


 でも、言ったところで信じてもらえるか? 信じてもらえるわけがない。


 大体どうやって説明すれば良いのか。


 ここが前世でやってたゲームの世界で、イベント通りに行動すると大変なことになるからゴブリン退治には行かない方が良いとでも言うのか?


 そんなこと言ったら、頭がおかしくなったと思われて終わりだ。



「どうしよう……」



 手詰まりだ。


 ドライヤーなんかより先に、イベントの対策になるものを作るべきだった。


 今から何か、武器を作るのは?


 駄目だ。

 資材も時間も圧倒的に足りていないし、そもそも俺は十歳の身体だ。


 屈強なアスランやドラーナ領民に付いて足場の悪い森を進むのは難しい。



「……逃げるか?」



 俺はその選択肢を視野に入れる。


 イベントの通りには行動せず、家族と故郷を捨てて逃げる。


 現状で取れる手段としては申し分ない。


 でも……。



「ちくしょうめ」



 できるわけないだろ。


 俺はクノウ・ドラーナだ。前世の記憶を取り戻して、人格に多少の変質があったとしても。



「家族は、守らないと」



 きっとゲームのクノウも同じような思考をしていたのだろう。


 俺は必死に考える。


 考えに考えまくったが、その日の夜まで結論は出なかった。





―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント作者の一言


作者「火柱ドライヤーを武器にすれば良いのでは?」


クノウ「森が全焼するわ」



「アスランのフラグで草」「真っ先に逃走が選択肢に入るの草」「あとがきで納得」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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