第4話 悪役貴族、ドライヤーを作る





 叔父のレルドが王都に帰り、俺の魔導具作りに没頭する日々が始まった。


 始まった……いや、まだ始まっていない。


 技術は素人そのものだが、魔導具を作るために必要な知識は得た。


 だから後は、俺の作りたいものを形にするだけなのだが……。



「兄様兄様、先程から庭でボーッとして何をしているのです?」


「む、ウェンディ」



 屋敷の庭で一人座禅しながら考え事をしていると、ウェンディが声をかけてきた。


 どうやら今日の母カリーナによる淑女教育は終わったらしい。


 俺は座禅を止めてウェンディの問いに答える。



「作りたいものが多すぎて、何から作れば良いのか分からないんだ」



 この世界は日本と比べると基本的に不便だ。


 そのせいでどこから何を再現しようか迷って仕方がない。


 あれもこれもと考えるうちに、どれを最初に作ろうと思ってたのか忘れてしまうのだ。



「あ、そうだ。ウェンディ、何か困っていることはないかな?」


「? 困っていることですか? 特には無いのです」


「まあ、そう言わずに。何かない?」


「うーん……」



 俺のしつこい質問にウェンディが人差し指を唇に当てて考える。


 流石はゲームのヒロイン、仕草が可愛い。



「あ、髪を洗った後に中々乾かなくて枕が濡れてしまうのです!! 強いて言うならそれが悩みなのです!!」



 なるほど、髪か。


 一応、この世界には髪や身体を洗うといった文化はあるっちゃあるのだ。


 しかし、洗髪料は高価なため、平民はそれらを水で薄めて使ってたりする。

 ドラーナ領、というかドラーナ男爵家も基本的に同じだ。


 そっちはまだ良い。時々自分の臭いが気になることもあるけど、そこは気にしたら負けだと思っている。


 ウェンディやフェルシィからは何故かフローラルな香りがするのは心底謎だが……。

 ヒロイン補正だろうか。いや、カリーナもふわっとした匂いがするし、そこら辺は本当に謎だな。


 まあ、そこも気にしない。


 でも温かい風呂が無いのは気にする!! シャワーが無いのも論外だ!!


 っと、いかんいかん。

 この調子で考えてたら作りたいものが次々と浮かんできてしまう。


 今はウェンディの悩みを解決しよう。



「髪を乾かすなら、やっぱドライヤーかな」


「どらいやぁ?」

 


 コテンと首を傾げるウェンディを余所に、俺は魔導具作りのために用意しておいた材木をナイフで削る。


 そして、ドライヤーっぽい形の木彫りを作った。


 この時点ではただの木彫りなので、あくまでもドライヤーっぽいものだ。



「後はここに魔力文字を書けば……」



 そこまで考えて、悩む。


 この木彫りの材料となった木材に刻める魔力文字は精々一桁が限界だろう。


 転生者の俺には漢字という大きなアドバンテージがあるものの、そのまま文字を術式として定着させるためにはしっかりイメージしないといけない。


 ドライヤーは濡れた髪を乾かす道具だ。


 取り敢えず、ドライヤーから連想できる言葉を適当に試してみるか。


 ドライヤーから連想できる言葉……。



「火と風はどうだ?」



 『火』と『風』の二文字を刻む。


 試しに魔力をドライヤー(仮)に流し込んだ、その次の瞬間。


 ゴオオオオオオオオオオオオッ!!!!


 という空気の唸る音と共に、凄まじい勢いの炎の竜巻が生じた。



「……に、兄様、今のは……」


「……ウェンディ、今のは忘れるんだ」


「でも今のは!?」


「忘れてなさい」


「うぅ、はい……」

 


 どうやら『火』や『風』と、大雑把にまとめ過ぎてしまったらしい。


 いや、そもそも……。



「難しく考える必要はなかったか。ここはシンプルに〝温風〟あるいは〝温かい風〟にしておこう」



 木彫りドライヤーに魔力で文字を刻み、試しに魔力を流してみる。


 すると、なんか温かいというより、ぬるい風が出てきた。



「ま、まあ、成功っちゃ成功か? ……やっぱりもう少し温度を上げたいな」



 となると〝温風〟よりも〝熱風〟の方が良いのだろうか。


 一から作り直し、再び魔力を流し込む。


 と、その時。

 ドライヤーの風が手に当たった瞬間、手が焼けるような痛みに襲われる。


 いや、焼けるような、ではない。焼けた。



「あづぁあああああああああああああああああああああああああッ!!!!」


「兄様!?」



 俺は咄嗟にウェンディに助けを求める。



「水っ、ウェンディ水っ!!」


「は、はい!!」



 ウェンディが急いで持ってきてくれたバケツいっぱいの水に手を突っ込む。



「はわわ、兄様の手が爛れてるのです!! い、急いでお医者様を――」


「ふぅ……。大丈夫だ。というか、ドラーナ領に医者はいないよ。田舎だから」


「え!? じゃ、じゃあ、病気や怪我をした時はどうするのです!?」


「基本的に気合いと根性で治るまで待つんだ」


「!?」



 ドラーナ領は割と過酷な環境だからな。


 医者にかかるには隣接する他領地の街まで行かないといけない。


 余程の酷い怪我の時は治癒魔法を使えるカリーナがどうにかするが、基本的にドラーナ領の住人は自力で治す。



「あ、あの、兄様、危ないことはしない方がいいのでは……」


「大丈夫大丈夫、母様が治癒魔法を使えるから。それよりも……」



 〝熱風〟は駄目だ。


 温度の調節ができないし、こんな危ないものをウェンディに使わせるわけにはいかない。


 まず温度をどうにかしないとだな。



「……熱……熱……温度まで指定しちゃうとか?」



 例えば『100℃の風』という魔力文字を刻めばどうなるだろうか。


 結果から言うと、これも失敗だった。



「……ごふっ、し、死ぬかと、思った……」


「兄様ーっ!! 大丈夫ですかー!?」


「あ、ああ、大丈夫だ」



 俺の予想通り、100℃の風が吹いた。


 しかし、俺の身体が上空に吹っ飛び上がるような有り得ん暴風だ。



「もっと細かく指定しないといけないのか……。もしかしなくても、火を一つ灯すだけでも結構複雑な魔力文字が書かれているのか?」



 叔父のレルドはここまで教えてくれなかった。


 よし。ここは『温かい風を出す』をもう少し細かくしてみるか。


 温かい風、具体的には100℃の風。


 更に風を細かくすると、風速……いや、風量だっけ?

 やばい、その辺が何も分からない。



「まあ、適当に秒速10mとして、魔力文字で『秒速10mの風』とでも書けば――おお!! 成功だ!! 程よい風が出てる!!」



 風はオッケーだな。


 問題は風と熱を一つのものにまとめようと思うと、文字数が二桁を超えてしまうことか。


 うーん、せっかく『100℃』と『秒速10mの風』に分けられたのに……。



「……ん? あ、別に一つのものにまとめなくても良いのか!!」


「兄様? あ、あの、怪我の治療をした方が……」


「すまん、ウェンディ!! 今はそんなことより思いついたことを試したいんだ!!」


「そんなこと!? 兄様の手、凄いことになってるんですよ!?」


「ははは、さっき吹っ飛んだ時に骨も何本かやってるけど気にならないから大丈夫さ」


「!? お、お義母様――ッ!!!!」



 おっと、ウェンディがカリーナを呼びに行ってしまった。


 カリーナに見つかったら、無理矢理ベッドに寝かされて治癒魔法を施されるだろう。

 そうなったらしばらくは魔導具作りが出来なくなってしまう。


 急いで作らないと。



「ドライヤーの熱を生じさせる部分と、風を起こす部分を部品ごとに分けて魔導具化したら……よし!! 今度こそ完成だ!!」



 俺はカリーナが来る前に試運転を済ませようと、ドライヤーに魔力を流した。


 すると、出るわ出るわ温かい風。



「これなら髪も乾かせる!! 快適な生活への第一歩だな!! はは――」



 高笑いしようとした瞬間。


 ピシッという音と同時に木彫りドライヤーが爆発四散。


 爆ぜた木片が俺の全身に突き刺さった。



「クノウ!? な、何があったのですか!?」


「きゃっ、クノウくん!?」



 庭にやって来たカリーナやフェルシィが血塗れの俺を見て絶句する。


 ウェンディがカリーナを連れてきて、フェルシィは付いてきたようだ。


 ウェンディが目に涙を浮かべて駆け寄ってくる。



「兄様、死なないでください!!」


「大丈夫大丈夫。咄嗟に目は守ったし、それ以外のところがめっちゃ痛いけど傷は浅いから。それよりどうして爆発したのかが分からない。木材じゃ根本的に耐久性が足りなかった……? うーん、魔導具は奥が深いなあ」


「……見た目ほど酷くはないようですね」


「ほ、本当ですか、お義母様!? 兄様は死んじゃったりしませんよね!?」


「ええ。大丈夫よ、ウェンディ。少し落ち着きなさい」


「うぅ、良かったのですぅ……」



 フェルシィがほっと胸を撫で下ろし、ウェンディは泣き始めてしまった。

 その二人を宥めるカリーナは、本物の親子のようだった。


 カリーナがキッと目を釣り上げる。



「クノウ、後でお説教です」


「え゛? お、俺、怪我人ですよ?」


「ならば怪我が治ったらお説教です。覚悟しておきなさい」


「……はい」



 その後、俺はカリーナに怪我を治癒魔法で治してもらい、ものすごい叱られた。


 また、俺が大人になるまでは一人での魔導具作成を禁止されてしまう。

 近くにカリーナや父アスランがいないとダメらしい。


 ま、やらかしたのは俺だから仕方ない。


 失敗した原因を突き止めなくちゃいけないし、俺だって痛い思いをするのは御免だ。


 次は慎重にやろう。


 爆発したら、その時はその時だ。





―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントクノウ

集中しすぎて痛みを感じないタイプ。



「火柱は草」「爆発落ちかよ!!」「お説教は妥当」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る