第3話 悪役貴族、叔父に教わる
「一つ言っておこう。僕は愚図と無能が大嫌いだ!! 特に学習意欲の無い者はな!!」
中指でメガネをくいっとする母方の叔父、レルド・フォン・アンダイン。
アスランは自分の伝手ではないと言っていたが、そうか。
カリーナの伝手だったのか。
それにしてもインパクトが凄い。
「クソ義兄……失礼。カリーナ姉上の旦那から話は聞いた。魔導具師になりたいそうだな」
「あ、はい」
俺は頷いた。すると、レルドのメガネが反射して白く輝く。
「では問おう。君は何故、魔導具師になりたいんだ?」
「この世界が不便だからです」
俺は即答した。
この世界の文明は中世ヨーロッパ程度までしか発展していない。
魔法の存在が文明の発展を妨げているのだ。
だから、人が魔法に頼らなくてもより豊かな生活ができるようにしたい……。
などと崇高な目的ではなく、自分がただ楽に生活をしたいだけである。
「生活をより便利にするものを、僕は僕の欲しいものを自分の手で作りたいんです」
「……ふむ、悪くない」
レルドがバッと立ち上がる。
「良いだろう。君を僕の弟子として認める。すまないが、僕は明日には王都に戻らねばならない。忙しい身でな。教えられることは今日中に叩き込む。食事や寝る暇は無いと思いたまえ」
「え、それはちょっと――」
「さあ、まずは魔導具の基礎知識についてだ!!」
あ、駄目だ。
この人、何か物事に集中すると周りが見えなくなるタイプの人だわ。
「まず最初に、魔導具とは何か。君自身の考えで良い。言ってみたまえ」
「え? えっと、魔法使いじゃなくても、魔法っぽい力を使えるようになる道具?」
「間違ってはいないが、正解でもないな」
どうやら俺の魔導具に対する認識は少し違っていたらしい。
「魔導具はいわば、魔法使いの使う魔法を簡略化するための道具だ」
「……ふむ」
「理解できていないようだな。分かりやすく例えるなら、美味しいパンを食べるために畑を耕すことから始めるか、パン屋で金を払って買うのかだ」
「ああ、今度は分かりました」
魔力を使って一からパンを作るのが魔法使い、魔力という金でパン屋のパンを買うのが魔導具ということか。
「魔導具は魔法使いに必要な魔力量やセンスを補うことができる。いわば補助具のようなものだ」
「つまり、魔導具を使って起こす現象は魔法によく似た『魔法っぽいもの』じゃなくて、立派な『魔法』なんですね」
「その通り!! 流石はカリーナ姉上の息子だ。理解が早くて助かる」
レルドが笑った。
おお、仏頂面で少し怖かったけど、笑ったら普通の好青年って感じだな。
「まあ、ここでは一から術式を組み上げるのが魔法使い、魔導具はその術式を省略する道具という認識で大丈夫だ」
「はい。分かりました、叔父上」
「……」
「叔父上? どうしました?」
「いや、甥に叔父上と呼ばれることが、無性に良いと思ってな」
それは分からん。
前世では一人っ子だったし、甥とか姪とかいなかったからなあ。
「コホン。気を取り直して、早速魔道具を作ってみるとしよう」
「え、いきなりですか?」
「今日中に全てを叩き込むと言っただろう。ほら、ここに鉄板を用意した」
レルドが厚さ数ミリはあろうかという分厚い鉄板を俺の前に置いた。
「魔導具作りの基礎だ。まずは魔力を指先に集中させる。そして、何でも良い。鉄板にその魔力で文字を書いてみろ。それがそのまま術式となる。そうだな、試しに『――』と」
「は、はい」
それはこの世界で『熱くなる』という意味の言葉だった。
言われるがまま、俺は魔力を指先に集めて鉄板に文字を書く。
絵の具を指に塗って文字を書いているような、何とも不思議な感覚だった。
レルドが目を見開く。
「……驚いたな。まさか一発で定着させるとは」
「え?」
「普通、見習い魔導具師は書いた字を物体に定着させることすら難しい。その点、君は才能があるな」
「あ、ありがとうございます?」
どうやら俺には魔導具師としての才能があったらしい。
「魔導具の作り方は大体同じだ。魔力で物体に文字を書く。その物体に魔力を流せば、魔力で書き込んだ文字の現象が起こる。試しに鉄板に魔力を流してみたまえ」
「はい。――熱ッ!!!!」
鉄板に魔力を流したら急に熱くなり、指先を火傷してしまった。
「とまあ、大体こんな感じだ。ただ、魔導具にはあまり知られていない性質があってな」
「性質?」
「少し待っていろ」
レルドが鉄板に魔力で何かを書き込み、俺に手渡してくる。
「魔力を流してみろ」
「あ、はい。……ん? あれ? 何も起こらない?」
魔力をいくら流しても、レルドが簡易的に作った魔導具は動かなかった。
「なんでですか?」
「簡単な話だ。君がこの魔導具の効果を知らないからだな」
もっと詳しく聞いてみた。
魔導具は製作者と使用者の認識が食い違っている場合、魔力を流しても何も起こらないらしい。
レルドが分かりやすい例を挙げる。
「簡単な話だ。水を出したい者が火を出す魔導具を使ったとて意味が無い。大切なのは、水を出したいなら水を出す魔導具を使うことだ。誰かに魔導具を売る時は、実際に使っているところを見せて扱い方を説明した方が良いぞ」
当たり前のようで、中々興味深い。
適当に魔力を流しただけでは魔導具を使えないってことか。
「そして、腕のある魔導具師は魔導具に書かれている文字を読むことができる。一部の者は魔導具の効果を秘匿するために、古代文字や自分で考えた文字を使うことがあるな」
古代文字や自分で考えた文字、か。
子供の頃、そういうのを必死に考えて落書き帳に書きまくってたなあ。
「ただ、こちらも不思議な現象があってな。まだ原理は不明だが、この書き込む文字が古ければ古いほど、効果が高まったりする。逆に自作の文字では効果が低くなるのだ」
「ほぇー」
「そして、一つの物に書き込める文字には限りがある。だから世界各地の古い言語を知り、その中で字数の少ないものを使って、複数の効果を持った魔導具を作ることもできる。そっちは武器や防具に使われる技術だな。僕の得意分野だ」
世界各地の古い言語の同時使用……。
ラテン語とか古代エジプトの文字を同時に使うようなものだろうか。
うーむ、いまいちピンと来ないな。
ん?
「叔父上、書き込む文字は何でも良いんですか?」
「そうだな」
……ふむ。なら、日本語で書いたらどうなるんだ?
さっきの『熱くなる』という言葉も『発熱』の二文字で済むはず。
と思ってやってみたら、ドンピシャだった。
しかも日本語はその起源が分からなくなるほど古い言語だ。
その効果は先程よりも遥かに増して高く、鉄板が赤く染まった。
ふむふむ、日本語でもオッケーと。
しかし、どうも効果が高すぎるみたいだから、上手くこの世界の文字と使い分けた方が良さそうだな。
「な、何をしたのだ、君は!?」
「え?」
レルドが目を見開いて驚いていた。
「す、凄まじい!! この文字はなんだ!? 何故こんなにも効果が高い!? 君が考えた文字では無いだろう!? 教えてくれ!! この出力を他のものに使えたなら、魔導具はさらなる発展を――」
「お、落ち着いてください、叔父上」
レルドが俺の肩を掴み、ぐわんぐわん激しく揺らしてくる。
この世界の住人の前で日本語を使うのはまずかったか。
俺はレルドに「夢で見た」と適当な言い訳で誤魔化すことにした。
すると、レルドが口を尖らせて言う。
「夢、夢か。しかし、高い効果があったのは事実。クノウ君の見たという夢、実に興味深い!! その文字を是非教えて欲しい!!」
「はい」
こうして俺が魔導具師となった日は、レルドに簡単な漢字を教えることで終わってしまうのであった。
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あとがき
ワンポイント小話
レルドのメガネからはビームが出る。一応、武器。
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