第2話 悪役貴族、生き゛に゛く゛い゛っ!!






 俺は前世でやり込みまくっていたゲーム、『幻想物語』のキャラクターに転生した。


 しかもヒロインである双子姉妹の家族、名前がちらっと登場する弱小領地の悪役貴族ことクノウ・ドラーナである。


 まあ、それは一旦置いといて。


 ある日、俺は父ことアスランと一緒に納屋で農具の手入れをしていた。


 ドラーナ男爵家は貴族と言っても、その生活は平民と変わらない。

 こうやって領主とその跡継ぎ自ら畑を耕す農具の手入れをせねばならない程だからな。


 そして、俺はふと思うのだ。



「生き゛に゛く゛い゛ッ!!!!」


「うおっ、び、びっくりした」



 思わず涙を流して叫ぶ。


 あ、ちなみにフェルシィとウェンディはこの場にはいない。

 いつか他家の嫁に出した時、恥ずかしくないように母ことカリーナが朝から晩まで淑女教育をしているからな。


 厳しくはあるようだが、どうやら三人は上手くやっているらしい。


 と、そろそろ逃避はやめて現実に戻る。


 現実に戻ってくると、アスランは俺を心配そうに見つめていた。



「ど、どうしたんだ、急に叫んで」


「父様はこの世界が不便だと思ったことはありませんか?」


「いや、別に無いが……」


「……そうですよね」



 しかし、俺は不便さを感じている。


 それはこの『幻想物語』の舞台が中世ヨーロッパ風の世界だからだ。


 現代日本での快適な暮らしを知っている俺にとって、その生活は過酷を極める。


 端的に言うと、マジしんどい。


 この世界にはファンタジーモノで定番の魔法が存在している。

 適当に便利だから文明が発展しにくく、ところどころで地球の技術力を超えるという、かなり歪な発展の仕方をしていた。


 人が空を飛べたりするからな、この世界。


 と言っても、魔法そのものが一般的とは言い難い存在だ。


 ある程度の魔力量が要るし、魔法を使えるようになるための勉強は必須。

 その上、才能に依るところが大きく、魔法使いの数は多くない。


 俺は魔力量こそそこそこあるが、魔法使いに必要なセンスが致命的に無かった。


 せめて魔法のセンスが俺にあったなら、この世界で苦労しなくても良かったのにと前世の記憶を取り戻してから毎日思う。



「はあ……清潔で温かい風呂に入りたい……炊き立ての白米が食べたい……カップラーメンが食べたい……バイクに乗って風になりたい……」


「お、おい、クノウ。お前、大丈夫か? 最近のお前は変というか、独り言が多くて不気味だぞ」



 アスランが俺を見て不安そうに言う。心配しているのだろうか。



「お構いなく。俺の求めるものができるまで、あと何百年か待てば大丈夫ですから……」


「全然大丈夫そうじゃないぞ。……今日はもう休め。最近は畑仕事を頑張ってくれてたしな」


「……はい……」



 現代人が中世にタイムスリップしたら、ストレスで死ぬというのを何かの本で見たことがある。


 あれは本当だ。


 このまま生活してたらゲームの世界を満喫する間もなくストレスで死ぬ。

 どこかに現代の快適な生活が転がっていないだろうか……。


 とか考えながら納屋を後にしようとした時。


 アスランが何かを思い出したように後ろから俺に声をかけてきた。



「すまん、クノウ。納屋を出る前に魔導ランプに火を点けてくれ。暗くなってきて手元が見えん」


「ああ、はい……」



 たしかに時刻は夕方。辺りが暗くなっている。


 俺は納屋の壁に掛けてあったランプに魔力を流し、火を灯した。


 不幸中の幸いはコレだろう。


 魔導ランプ。

 どこの家庭にもある安価な魔導具で、ロウソクの代わりのようなものだ。


 この魔導具と呼ばれるものが唯一の俺の希望だったりする。


 魔導具の最大の利点は、魔力を流すことで誰でも魔法と同等の現象を起こせることだ。

 つまり、魔法の素質が無くとも魔法使いの真似事ができてしまう。


 俺の快適な生活は、この魔導具の発展にかかっていると言っても過言では無い。


 数百年後には魔導冷蔵庫とか魔導エアコンとか、魔導パソコンや魔導スマホ、いや、ス魔導フォンが普及してたりするのだろうか。


 どこかの誰かが魔導具にブレイクスルーを起こしたりしないかと常々思っている。


 ん?



「……待てよ? 別にどこかの誰かじゃなくても、俺がやれば良いんじゃないか?」



 そうだ、そうだよ!!


 この世界での生活が現代人には過酷すぎて頭から抜け落ちていたが、何も誰かがブレイクスルーを起こすのを待つ必要は無い。


 俺が欲しいものを俺の手で作る。


 夏場にキンキンに冷えた炭酸ジュースを飲めるように冷蔵庫を自分で作っても良いのだ。


 バイクを自作したって怒られない。


 この世界に道交法なんて無い。速度制限なんぞお構い無しに全力アクセルで疾走できるかも知れない。



「父様!! 俺、魔導具師になりたいです!!」


「!? ちょ、待て待て!! 話がいきなり過ぎて何も分からないんだが!?」



 おっと、いかんいかん。


 昔から物事を自分の中で考えて、結論や感想を先に口に出してしまうのは前世からの悪癖だ。


 直さないとな。



「父様。俺は生活をもっと快適にしたいのです」


「う、うん? 別に今も快適だと思うが……」


「甘い!! 父様、甘いです!! 快適な生活とはもっとこう、とにかく快適なんです!!」


「そ、そうか」



 俺に語彙力が無いせいで、今の生活の不便っぷりがアスランに通じない。


 いやまあ、前世の家電製品の便利さを言語化して説明できたとしても、「頭がおかしくなったか」と思われるだけだろうけどさ。



「父様、俺は決めました」



 その便利さや快適さを知ってもらうには、俺の苦悩を理解してもらうには、作るしかない。


 魔導具を!!


 家電製品を始めとした現代の便利アイテムを、この世界で再現するしかない!!



「俺は、魔導具師を志します!!」


「……お前が何を言ってるのか分からんが……」



 不意にアスランが立ち上がって、ガッと俺の肩を掴み、抱き寄せてくる。



「息子が将来の夢を持ったんだ。なら父親として、応援しなきゃならん」


「父様っ」



 妻が妊娠してる時に娼館へ行くようなカス男だと思っていたが、父親としては悪い奴ではないのかも知れない。


 農具の手入れをする手を一旦止めて、アスランが真剣に何かを考え込む。


 しばらくして、アスランが口を開いた。



「魔導具師になるには、魔導具師に弟子入りせにゃならんと聞いたことがある」



 それは俺も知っている。


 いや、詳しいことは知らないが、『幻想物語』のストーリーで勇者が旅の魔導具師に弟子入りするシーンがある。


 魔王を倒すために、勇者本人が自らの手で神剣を造るのだ。


 この世界には魔王が存在し、魔族や魔物を従えている。

 そういう人類の脅威を倒すために、魔導具師は主に武器や防具の魔導具を作る者が多かったはず。


 実際、勇者が弟子入りする魔導具師も武器型や防具型の魔導具を作る人物だった。


 しかし、俺が作りたいのは日用品だ。


 弟子入りするなら武具を作る魔導具師ではなく、魔導ランプのような日用品を作る魔導具師に弟子入りしたいな。



「……ふむ、オレに伝手がある。いや、正確にはオレの伝手じゃないが、当たってみよう」


「本当ですか!? ありがとうございます!!」


「おう!! たまには父親らしいことをしないとな!!」



 自分の父親らしさについて多少は気にしていたようだな……。


 しかし、俺は運が良い。


 俺が無事に魔導具師になった暁には、まず我が家を快適さの魔境にしてやろう。

 くっくっくっ、思わず悪役っぽい笑みが浮かんでくるぜ!!


 いや、悪役だがな!!








 それから数日後。


 俺に魔導具の作り方を教えてくれる魔導具師がドラーナ領にやって来たのだが……。



「ほう、君がクノウ君か。あのクソ義兄から聞いているよ」


「え、ええと、貴方は……?」


「僕はレルド・フォン・アンダイン。魔導具師であり、君の叔父だ」



 どうやらこの威圧感のある青年メガネが、俺の叔父らしい。





―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小劇場


ウェンディ「出番が無かったのです!!」


フェルシィ「お、落ち着いてウェンディ。そういうこともあるから……」


作者「ちゃんと出番あるから。もう少しステイ」



「唐突な生きにくいで笑った」「アスランが父親っぽいこと言ってて草」「あとがきで草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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