三人の弟たち

 私が生まれ、一年間を開け長男が生まれ。その後、母はまた直ぐに妊娠した。

 けれど、当時農家を継いだばかりだった父の経済力では子供三人なんて養いきれないと言う話になり母は泣く泣くその子を下ろしたのだ。……だが、その直ぐ後に現在存命の三男を身籠ったそうなのだが中絶可能時期を過ぎるまで妊娠に気が付かず結局生む事となった。

 当時を振り返った母は


「二番目の子を下ろしていなければ、三男はここには居なかったかもしれないけど……それでも、二番目の子を産まなかった事、後悔しなかった事はなさ。


 だから、三男には勝手だけど二番目の子の分も幸せになって欲しい」


 悲しそうに笑ってそう言っていた。


 それから生まれた三男だが、肺炎持ちだった為に少し入院が長引く事となる。入院中、三男は【爽斗あきと】と呼ばれネームプレートにも【里 爽斗くん】と書かれていた。だけど、退院時に父が


「そうだ。名前【楓斗ふうと】で市役所に出しといたぞ」


 そう母に言ったらしい。最初聞いた時は、父の新たなクズエピソードだな……位の気持ちだったのだが、三男の前に下ろしてる子が居たのだと後日母から聞かされた時に


「そうか……【爽斗】って名前は、その子が持って行ったのか」


 っと理由もなくそう思ったんだ。


 昔読んだ何かの本に【名前は、生まれて一番最初に貰う目には見えない親からの贈り物】と書かれていたが【爽斗】は生まれてこれなかったからせめて名前だけでも欲しかったのだろう。きっと、退院するその日まで【爽斗】は【楓斗】の中に居て母に名前を沢山呼んで貰ってお空に還ったんだ。


 確証はないけど、私はきっとそうなんだと思った。だから、お墓に手を合わせる時に私は二番目の子を【爽斗】っと心の中で呼ぶ様にしている。



 四番目の子は、流産だった。私がまだ、幼稚園の年長だった頃。

 その日、母は膨らんだお腹を庇いながら父が解体したビニールハウスの後片付けを手伝わされていた。薄っすらとしか記憶にないが、辛そうな母の姿に私も手伝おうと駆け寄り危ないからと家の中に戻された事を覚えている。


 その数日後、母が病院の公衆電話から泣きながら流産した事を祖母に電話しているのを後ろから見ている記憶が今もあるのだが……母いわく、私の事を病院には連れて行っていないと言う。

 祖母たちにも確認したが、家に居たらしい。でも、何時も気丈に振る舞っていた母が子供の様に泣きじゃくりながら流産してしまったと電話している姿を私は今もはっきりと覚えている。


 私は、当時子供ながらに母を心配していたから幽体離脱でもして病院に着いていたのかもしれない。そんな訳で、四番目の子が流産だった事は母に聞く前から知っていたんだ。

 私がそう言うと最初は驚いた母だったが、話したのを自分が忘れてただけだろうと言う事にして納得していた。


 父と祖母は、四番目の子を流産したのは全て母の所為だと責め立てていた。……妊婦の母を労りもせず、いつも以上にこき使い無理させた自分たちが悪いとは少しも思ってないのだ。

 だから、母は私に三番目の子と四番目の子に自分はきっと恨まれてると言っていた。水子供養もしてあげれてない、酷い母親なのだと……そんな事、絶対ないのに母だけを悪者にした父が本当に許せない。


 そして、私が中学に上がる直前。五男が生まれた。

 突然の妊娠報告に、驚いた私たち姉弟だったが三男は純粋に喜んでいて


「おいら、兄ちゃんになるんだ ! 」


 っと卒業した小学校まで行き当時の担任へ自慢してた程だ。この時、母は私にだけ胸の内を話してくれた。

 私や長男が、父を毛嫌いしている事や父が年々手の付けられないクズになって行ってる事をどうにかしなければとずっと悩んで居たのだと……そんな時、知り合いが妊娠をきっかけに家族仲が良くなったと母に話してくれたらしい。

 だから自分も妊娠して新しい家族が出来れば、それをきっかけに家族の関係を修復出来るかもしれないと考えたのだと言う。自分勝手な気もするが、そこまで悩ませたのは私たちの責任でもある。

 そして何より、これから生まれて来る命に罪はない。だから、全力で母をサポートしようと……私はこの時、強く心に決意したんだ。


 ……五男が亡くなる少し前、家族でお見舞いに行った帰り道での出来事で未だに忘れられない事が一つある。病院から出て、駐車場へ向かっていた時だ。

 父の携帯が鳴り、電話に出た父は歩きながら相手と話を始めた。詳しい会話内容は覚えてないが、父は楽しそうに笑いながら言ったんだ。


「いやぁ、聞いてくれよ。俺の息子、今死にそうでよ」


 殺してやりたいと、本気で思った。生まれて初めて、明確な殺意が自分の中に芽生えたのを覚えている。

 母は俯いて肩を震わせていて、長男がそれを支えながら父を睨みつけていたが父は全く気付いていなかったよ。次男を見ると唇を噛みしめて一瞬泣きそうな顔をしてから、悔しそうに下を向くと無言で車まで走って行ってしまった。



 私はどうする事も出来ずに、父をただ睨む事しか出来ず……それから、一か月後。五男は、空へと還って逝ってしまったのだ。

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