クズは死んでも治らない

 父の通夜が終わり、無事火葬も済んだ後。幽霊になった父が、親戚皆に話しかけていた。


『なんで泣かないんだよ ? 俺が死んだんだぞ ? 

 悲しいだろう ? なんで笑ってるんだよ ? 

 なぁ ? なんで……なんでなんでなんでなんで、っんでだ ! ! ? 』


 何故、あれだけの事をやらかしておいて悲しんでもらえると思っているのか不思議だ。ちなみに、父は私が視えてる事を知らないので無視をする。

 幼稚園の頃に、幽霊を視て怖かったと話した事が一度だけあったが父は私の話を嘘と決めつけ罵倒してきた。きっと、その事を父は覚えてすらいない。


『ああ……悲しいな…………寂しいな……誰か、父さんと一緒に来てくれよ。

 独りは嫌だ…………惠、颯斗はやと楓斗ふうと……耶惠やえ


 思わず反応しそうになるのを、グッと堪える。そして、このクズから家族を守ると心に決めたんだ。

 その後、火葬場から斎場へ戻る際に私が骨壺を持つ事になった。移動のバスに乗り込み、運転手の真後ろの席に座る。

 バスに揺られながら、骨壺を睨み私は少し思案してから周りにバレない様にこっそりと骨壺の蓋を開く……そして、父の遺骨の一部を取り出し持っていたカバンの中に隠した。理由は、後で砕いてゴミに捨てる為だ。


 だけどあの父が、私が自分の遺骨を砕き捨てた事を知ったら逆上して周りに被害が及ぶかもしれない……そこまで考えた時。聞きなれた声が私に言った。


『惠ちゃんの好きにしたらええよ。何かあっても、僕と黒曜が何とかしたるさかい』


 驚いて隣を見ると、さっきまで誰も居なかった筈の席に白銀さまが座っておりにっこりと微笑みながら私の首を指さす。その瞬間、ひんやりとした肌触りの良い感触が首に巻き付いている事に気が付く。

 それは、白蛇姿をした黒曜さまだった。


『白銀の言う通りよ。私たちも、あの男には頭を悩ませていたし……それに、私たち夫婦はあなたたち家族を護る土地神なのだから安心して』


 そう言って黒曜さまに頬ずりされ、白銀さまには頭を撫でられた。それだけで、不安が消える。


 白銀さまは、私を姪の様に思ってると以前話してくれた。以来、こうして私が一人で悩んでいると夫婦で現れては勇気づけてくれる。

 本当に、感謝してもしきれない。


 それから斎場に到着してバスを降りる際、私は足を踏み外してしまい親類縁者の目の前で派手に転んだ。骨壺を下敷きにしてうつ伏せに倒れ込むと、近くに居た親戚や母が心配して駆け寄って来てくれた。

 ……でも、これで骨壺の中はぐちゃぐちゃになった筈だ。私は、母たちに気付かれない様に俯いたまま小さく笑う。

 

 だって、納骨の時に骨が足りないと気付かれたら全てが水の泡になってしまうから……それから、葬儀が始まると住職のお経に混じって父の罵声が斎場内に響き渡った。


『おい ! なんでだ ? 

 惠 ! 惠ぃいいいいいい ! ! ? 

 なんで、なんで……お前 ! 俺の骨をどうする気でらのよ ! ?

 なぁ ! なしてだ ! ? 


 どうすっ気してらってよ  ! ! 


 俺が何をしたじゃ ! ? おめぇたちの為さ、頑張って来たろう !  

 なんに ! なして、なしてなんじゃぁあああああ ! ? 』


 自覚症状の無いクズは、本当に救い様がないな。そう思いながら、父の方へ目線を向けるとドス黒い怨念が霊体の周りに渦巻き始めているのが視えた。

 悪霊堕ち、私に対する疑念や恨み未練などが怨念となり父を飲み込んでいく……このまま放置すれば、父は完全に理性と自我を失う。そして、近づく生者を無差別に呪い殺す悪霊となる。


 でも残念、そうはさせないよ。……だって…………


『 ! なんだじゃ、お前ら ! ? 

 誰だってよ ! ? 俺の邪魔をすんなじゃ ! ! 』


 そう叫ぶ父の両隣りには、黒曜さまと白銀さまが立っている。いつもの飄々とした優しい笑顔ではない、無感情な冷たい眼で父を睨みつける白銀さまを視て私は恐ろしさを抱くと同時に心から感謝した。


 それから焼香が始まり、私の番になる。手順通りに淡々と焼香を済ませた私は席へ戻ったのだが、静かになった父の様子が少し気になり再び斎場の隅へ目線を移す。

 瞬間、私は思わず息を飲み驚愕した。……拘束され身動きが取れない父の前に立った、男性三人の後ろ姿に私は自分の心がざわつくのを感じる。

 茫然と見つめていると、三人の中で一番若い男性と目が合った。二十歳くらいの青年は、固まる私に対して人懐っこそうな笑顔を見せてくれる。

 颯斗と楓斗の笑顔にそっくりだ。そう感じたのと同時に、私は父が亡くなってから初めて涙が流れた。

 だが、その涙は決して父の為に流した物ではない。私は、今直ぐにでも駆け寄って三人を抱き締めたい衝動をぐっと抑えた。


 証拠はないが、間違いない。あの子たちは、亡くなってしまった三人のたちだ。

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